日本文化を学ぶウクライナ

昨年12月30日、岡本行夫氏が“歴史は「現在進行形」”」と題して前ウクライナ
大使馬渕睦夫氏のウクライナでの印象記に触れ、日本人のアイデンティティーの確立
を訴えていらっしゃった。小生の次女も12年間のウクライナ留学生活を終えて昨年
帰国しましたが、馬渕大使のお話は同感する所です。日本芸術を専攻される娘の恩師、
スベトラーナ・リバルコ教授は昨年11月、我が家を拠点に1ヶ月間、日本研究に専念
されたが、食後の後、朝方まで質問攻めにあったことがしばしばであった。その熱心さ
の動機には、国難に直面する自国の救済策を日本から学ぼうとする真摯な姿勢があり、
日本文化の核心を突いた鋭い質門にいい加減な答えができませんでした。岡本氏の
コラムの一部をご紹介します。また馬渕氏の全文ヲスキャンしてお送りします。


  歴史は「現在進行形」 2008.12.30 03:07

【人界観望楼】外交評論家・岡本行夫 

 先月このコラムで数行だけ「田母神論文は検証に耐えない論拠でつづられている」と
書いたら、何人かの読者からおしかりを受けた。「おまえは日本人か!」と。田母神論文
の誤りについては、朝日新聞で先月13日に北岡伸一東大教授、同じ新聞で今月22日に
ジョン・ダワー米MIT教授が「『国を常に支持』が愛国か」と優れた論駁(ろんぱく)
をしているので、ここには記さない。ただ、「田母神氏に反対する人間は愛国者ではない」
という決めつけ方がおかしいことだけは申しあげておこう。

 軍部が指導した昭和から終戦までを、司馬遼太郎氏は日本がさまよいこんだ「魔法の森」
と呼んだが、その時代の軍国主義を別にすれば、近代に至る日本の文化と国民性には素晴ら
しいものがあった。世界に誇れる歴史である。

 今月初め、私はある中学校を訪問し、2年生のクラスで質問した。「君たち、松尾芭蕉の
ことを知ってますか?」。生徒たちが、当たり前だという顔で答えた。「小学校で習った
からみんな知ってます」「えっ、みんな?」。クラス全員の手があがった。「知ってまーす」

 驚いた。これはウクライナの首都キエフの中学校でのことだ。日本の中学校で同じ質問を
したらどうなるか興味あるところだ。ウクライナの学習指導要領には「自然を描写して気持ち
を表す日本人の国民性を学ぶことにより、ウクライナとは違った文化をもつ日本と日本人に
対する尊敬の念を養う」
とあると、前駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏から聞いた。

 ウクライナは堂々たる国家だ。旧ソ連邦時代の産業と科学技術の拠点地域が、人口5000
万人とともにひとつの国家となって独立した。欧州最大の農業国でもある。高い文化と学術水準
も持つ。この国がNATOやEUに加盟して西側陣営に入るのか、ロシアとの強い結びつきを
復活するのか。ウクライナの選択は、欧州、ひいてはロシアの立ち位置を通じて世界全体に
影響を与える。まだ貧しいこの国の経済基盤の強化のために日本がやれることは多い。

 馬渕氏は、「外交フォーラム」2008年8月号で、「ウクライナは自らの文化を大切にし、
誇りを持っているからこそ、他国の文化に対して関心を持ち、そして尊敬の念を持つことが
できるのである」
と書いている。そして、日本人が伝統文化を否定する教育を受ければ、
世界の国々を尊敬できない人間になってしまうと憂慮する。

 まことに同感である。「魔法の森」の時代への評価が定まらないので、多くの学校では
日本の近現代史について教育がなされない。従って子供たちにとって「歴史」とは明治
までの「過去の事象」であって、現在進行形の日本の背骨とは受け止められていない。

 日本が胸を張って世界に輸出できるのは、「日本人」である。これほど善意でまじめで
勤勉な国民はいない。
例えば途上国での援助活動にあって日本の専門家ほど愛情をもち、
かつ大きな成果を挙げている人々はいない。ひとたび使命が与えられたときの日本人の
働きぶりは抜群である。詳細は省くが、江戸時代からの日本の国民性のDNAもある。
歴史と伝統への自覚がなければ、われわれはただのお人よしの根無し草である。