恨を解くキーワードとしての「出雲」

                 【 リード 】
 私たちは第二次大戦の東アジア・太平洋戦線で数年間に二千三百万人を殺戮する狂気と、
正気とが錯綜する時代を経験した。しかし、いまなおその評価が下せず、周辺諸国との真
の友好関係を築いていない。さらに人工衛星を打ち上げ、核開発競争を繰り返した強大な
共産国家が、数日のうちに崩壊するシニカルな現象を同時代の出来事として体験した。核
兵器の恐怖と世界の破滅は、今、切迫した課題であり、冷戦構造の崩壊後、雪解け期待に
反して、抑止力不在が核拡散という現実を作り出している。私たちは次世代が安心して暮
らすための「持続可能な世界」を築くことができるだろうか。否、それ以前に、この状況
を直視する冷静ささえも失っていないだろうか。 行動のヒントとして、古代、「和譲」
によって国土の平和を生み出した“出雲”をキーワードに、財団法人人間自然科学研究所
・小松昭夫理事長、生態行動学の観点から財団理事・坂本巌博士(元島根大学助教授)、
未来構想戦略フォーラム代表・大脇準一郎氏、ワシントンから評論をつづける活動家・中
野アソーシエイツ代表・中野有氏が対談した。コーディネーターは上田和泉・中海テレビ
放送キャスター。           

小松 日本は小泉内閣になってから経済格差が拡大、閉塞感が漂い不吉な事件が頻発して
いる。国家間対立、地域間対立、世代間対立の三つが複雑に絡まり、出口の見えない状況
になっている。島根県の「竹島の日」制定、靖国に象徴される歴史認識問題、日本海・東
海の名称問題、テポドンミサイルの発射などを考えると、われわれは戦後責任に加え、災
いを世界に広げる、戦前責任をも問われかねない状況だ。また、中東・西欧では、戦禍と
テロによる悲劇が続いている。今日は皆さんの率直なご意見をお願いします。

――世界が激動する中、中海・宍道湖圏域はどのような役割を果たすべきか。


小松 人類は偉大なる生命体(マクロビオス)、自由を保証し、身分の上下のこだわりな
く、論理的に議論すれば、進化をとげ困難を克服できるといわれている。また、ギリシャ
が直接民主主義、出雲は全国の神々が年に一回集う神在月(かみありづき)神話から間接
民主主義の発祥地という言い方もある。2013年(平成25年)に、「和譲」の出雲大社
と、全国の総氏神伊勢神宮で遷宮が同年に行われる。地政学的にユーラシア大陸・朝鮮半
島の対岸の出雲は、世界恒久平和を生み出す使命を果たすときが来ているのでは。

大脇 具体的例として、韓国を代表する日韓比較文化論の学者で漢陽大学の金容雲名誉教
授がいる。韓日文化協会の座長をしていらっしゃいますが、日本側の座長は平山郁夫先生。
協会はお互いがカウンターパートナーとして文化を通じてアジアの安定に貢献していこう
という団体です。つい最近は北朝鮮の問題に関連して、高句麗古墳を世界遺産にしようと、
平山先生はユネスコの委員でありますから、大変な力をもって進められた。世界遺産にす
ることによって、(高句麗遺跡の)地下にある軍事基地などは撤去しなければならない。
そして希望する人に公開しなければなりません。そうすることで北朝鮮に自由に入れるよ
うにした。文化がいかに平和に影響力を持つかという例と思います。 出雲の「和譲」は
これから世界平和を考えるときにキーワードになる。大和と出雲朝廷はそれにより今でも
代替わりの際に行き来があります。これが平和のパターンの一つになると思います。

――ワシントンから見た場合はどうですか。

中野 歴史は未来に照らす鏡である。十年、百年後の自分や孫が、恥をかかない明確なビ
ジョンが必要。朝鮮半島問題を考えるときにワシントンのシンクタンクでは四つのシナリ
オを描いています。一つが孟子の性善説による太陽政策。経済協力などでこの地域のソフ
トランディングをさせるシナリオです。二つ目が荀子の性悪説による、つまり北朝鮮が国
際社会に反したことをやっていることに対して軍事的経済的制裁を与えなければこの地域
は良くならないというハードランディングの考え方。三つ目が現状維持(ステータスクオ)。
この地域はこのままでいいんだという勢力均衡型の考え。世界で唯一冷戦構造が残ってい
るのが朝鮮半島。北朝鮮がミサイルを7月4日のアメリカ独立記念日に撃った。この持つ
意味は、アメリカと二国間交渉を行いたいということ。発射の結果、有事に強いドルが上
がり、安全保障におけるアメリカの立場が強くなった。石油が上がり、ロシアにプラスに
なった。中国は富国強兵策のためにはこの地域がある程度緊張感があったほうがよい。そ
して北朝鮮に核があるということは、南北統一された暁には、韓国も核が持てるという状
況だ。 ベスト、ワーストのシナリオを考えたときどのようなシナリオを各国に提示でき
るかがポイント。その点、小松さんは未来の人間が恥をかかないという、すばらしいソフ
トランディングの平和へのビジョンを持っておられる。私は非常に、ワシントンから見て
も感銘を受けている。

――生態行動学という視点から、生命界、人間観察もなさっており、日ごろからなるほど
なという助言をいただいている坂本先生からお願いします。

坂本 生物間のもっとも深い関係は、「食う、食われる」という関係である。食われるほ
うが一方的と思うが、食われるほうが食うほうも制御している。ヒトの社会を動物社会と
まったく同一視はできないが、この地域は日本の中でも韓国、北朝鮮との関係を鮮明に意
識しているが、離れた県では島根ほどには緊張感はない。ミサイル発射で、島根の人がこ
の問題を真剣に考えるチャンスが生まれた。対立を解決するためには、今までと異なった
高次元でこれを解決することが肝要であり、われわれに課せられた最大の課題である。

小松 大きな時代のうねりと地の理を活かし、怨念、恨み、打算を、感激と感動の連鎖の
生まれる持続可能なエネルギーに変える事業を立ち上げる。そうすれば夢の芽生える新し
い時代をつくることができます。今を生きる我々には大きな戦後責任があり、英知が問わ
れている。新しい時代の入り口は、①戦後の奇跡的経済復興・繁栄、プラザ合意(198
5年9月)、②日本無条件降伏(1945年8月)と日本独立(1952年4月)、③李
王朝最後の国母明成皇后暗殺事件(1895年10月)、これを出雲大社の「和譲」に照
らして構想すれば、おのずと道は拓けると思います。

中野 世界の四大文明、エジプト、メソポタミア、インダス、中華文明があります。この
うちエジプトとメソポタミアは西へ移動していった。インダスと中華文明はあまり広がら
ずにとどまった。西へ移動した文明が何千年の時を経て、太平洋を渡り東アジアで東西の
文明の潮流が本格的に交わろうとしている。文明の対立が起こるか、シンクロナイズドす
るか、そういう時代だ。

そうする時代が出雲にも来る。この地域の役割というのはコンフロンテーション(対立)
ではなく、シンクロナイズドさせる役割。それはまさに出雲大社の縁結びです。そのパ
ワーを具体的にどのように平和に導くか。それは21世紀の北東アジアを考えるときに、
国を動かすようなグランドデザインを練って、ここに住んでいるローカルな方が国際舞
台でどんどん発言する。ここにプラットフォームができると元気がでる。

小松 そうですね。人類の長い歴史は、対立の文化の上で営まれた文明から、共生の文化
の上で華ひらく文明への橋渡しのときを待っているのでは。舞台は韓国・北朝鮮の対岸、
中海・宍道湖圏です。ここに両国の賛同を得た上で、核大国である中国・米国・ロシアの
知者が集まれば、時間と空間を越え、壮大なスケールで大きなうねりが起こすことができ
る。今、日本国内、特に地方は構造不況といわれるが、その上に構想不況が重なり複合不
況となっている。日本を含め先進国では人もお金も大失業で、ビル・ゲイツ財団には大変
なお金が集まっているようですね。

中野 バフェットという世界で二番目のお金持ちが、ビル・ゲイツという世界ナンバーワ
ンの財団に寄付をした。これはおかしな話。ナンバー2がナンバーワンに寄付をするんで
すから。なんとゲイツ財団の資金が六兆円になるのです。国連予算の三十五年分の資金を
個人が運用するのです。ビル・ゲイツはマイクロソフトではなく、財団としての活動を本
格的に始める。国益ではなく、地球益という観点で活動する。個人は哲学を持っているが、
集団になると哲学をなくしてしまう。だから個人の哲学で世界平和を提唱している。これ
だけ寄付したのだから、個人の哲学で世界平和を実現したいというのがビル・ゲイツの考
え方。世界四十カ国の途上国のGNPを合わせても六兆円にならない。個人の方が強いんです
ね。

小松 李王朝が治めた朝鮮半島は、封建時代を経ずにいきなり近代になり、苦難の植民地
時代と、独立後60年を経てもなお、分断国家のまま出口の見えない複雑な対立構造の中に
ある。米国、中国、ロシアの三大核大国に囲まれた日本・韓国・北朝鮮は、国土も狭く、
人口集中も極端であり、核兵器を持っても意味がない。一億九千万人が住むこの地域は、
人類史の中で対立の文化から、共生の文化への橋渡しをする地と考える方が自然ではない
だろうか。

中野 アメリカの大学で学生に、ジャパン、チャイナ、USという講義をしたときに、はた
と気づいたのです。日清戦争で日本は勝利し、中国から国家予算三年分相当の賠償金を獲
得して、日露戦争に勝利した。そのときは日本は、アジアを列強から開放する勢力として
歓迎されていた時代でした。けれど、だんだん日本が白人のマネをした侵略行為に移って
いった。それで恨みを買い、敗戦した。

負けた日本がアメリカの共産主義封じ込め政策で豊かになり、勝った中国は貧しくなっ
た。将来、これのリベンジが起こるかもしれない。だんだん(中国が)経済力をもって
きて、日本は日米同盟があると思っているけど、実はそうではなくて、中国には十三億
のパワーがあり、アメリカはその莫大な市場に興味を持っている。そうなると日本がア
メリカ一辺倒であっていいのかと。アジア・イズ・ワンと百年前に岡倉天心が言ったが、
アジアが一つになり将来は協力していくんだと、そういうビジョンが必要になっている。

小松 自然環境、社会環境の問題もあります。中海・宍道湖は環境保全の声の高まりから
干拓が中止され、さらに昨年ラムサール条約に登録された。また、島根は地方交付税日本
一に見られる東京依存体質が子供たちに表れたのか、「不登校日本一」のニュースが報じ
られ住民を驚かせた。小泉改革で「東京依存から、地方でできることは地方で」と求めら
れているが、私は「地域特性を活かし、中央に代わってここで」という発想から、平和・
環境・健康・特別区を申請した(2005年6月)。世界レベルの困難な問題を、この地
域から解決への道筋を作るシナリオです。

坂本 具体的事例として酸性雨問題もある。中国が経済発展していく中で、この地域が秋
の季節風が吹くころに非常に影響を受ける。島根はPH4を超えるくらいになっている。環境
問題ははるかに国境を越え、地球規模で起きている。たとえば中国に、日本で確立した脱
硫装置の技術を援助すると、日本の酸性雨の解決によい影響がある。
 何が言いたいかというと、対立は生産的でない。開発した技術は人類で共有することに
よって、共存が許される。

小松 一番が平和。次が環境、健康。戦争が起こってしまっては元も子もない。日本とア
ジア、ヨーロッパ諸国との戦争で2300万人が亡くなった。これを記録したシンボル・
タワーの周りに、世界の戦争記念館の展示内容がそのまま写真と映像で映し出され、環境
と健康に関する資料展示館を建設します。学習した後、戦火を交えた国と先端通信技術で
この地を結び会議を四年に一回開く。これを学生や、そのほか各界にわけ、毎週会議が行
われるようにする。会議で実行可能な平和・環境・健康事業を決定して誓い、四年後に報
告の式典を開く。人類史上初めての「文化進化都市」の誕生を目指す。
 
中野 本当にすばらしい発想。中国人が感じた戦争、韓国、アメリカの視点による戦争、
やっぱりそれぞれ違う。それぞれナショナリズムを反映している。それプラス地球益です。
今度地球規模の戦争が起こったら人類すべてが滅んでしまう。出雲大社の縁結びの神のよ
うに、世界中から来てもらって、それぞれの国の視点を比べ、客観的に議論することによっ
て平和が生まれる。

小松 2005年9月、中国・南京の「侵華日軍南京大屠殺遭難者記念館」を訪れたとき
朱成山館長から、館は70周年を目指して三倍の拡張工事を始めており、展示方針をこれ
までの「伝える、忘れない、許す」から、「平和、調和、和解」に変えるということであっ
た。
中国、韓国をはじめ、世界各地の戦争記念館をたびたび訪問しているが、展示内容が時代
とともに変化していることに気づく。この地域に建設する記念館は、各国の展示が変わる
たびに、変えていく。世界の意識変化も知ることができる。

大脇 痛感するのは日本人は戦後経済に集中して、精神的な文化とか、精神的な負債につ
いて等暇に付している。物質面、お金がすべてではなくて、精神面も含めて謝罪していく。
その点でドイツはフェアと思うが、早く清算すべき。私が世界の大学の学長会議の日本事
務局長やっていたとき、韓国の慶煕大学の趙永植理事長が「高等教育を通じて世界平和を」
というコンセプトを出し、具体的スローガンとして①涯(かい)ある人生②麗(うるお)
いある社会③快適で安道な社会――を掲げ、平和な未来社会創造に取り組まれた。金容雲
先生も38度線を平和公園にすれば自然生態系も残っているとおっしゃっている。出雲も
世界の賢人知識を結集すれば、いろんな平和についての知恵が生まれる。それは必要では
ないでしょうか。

小松 現実を直視し、失敗の歴史とその背景を探る中からしか、希望のわく未来は見えて
こない。ドイツの宰相ビスマルクは「歴史に盲目な人間は、現在においても盲目である」
と言っている。

中野 紛争が始まる前段階で、文化のパワーで食い止める。小松さんのような明確でシン
プルなビジョンで、世界を変えていこうというロマンがある人が求められているのではな
いか。まあ21世紀に坂本竜馬がいたらそのようなダイナミックな平和構想を描きその実
現のために行動すると思うんですよ。それをみんなで一体になって模索し行動していくべ
きではないでしょうか。

 
小松 火と言葉と分業によって生き延びてきた人類は、20世紀に入り、①管理された核、
②コンピュータ・ゲーム理論、③垂直分業により、たくさんの人が王様のような生活を手
に入れた。しかし我欲をそそるゲーム的社会システムが、環境と健康に大きな障害を与え、
持続不可能なことが誰の目にも明らかになってきた。

21世紀は、①管理不能な核拡散、②音声動画の双方向通信、③水平分業の時代。日本は
歴史の中で内外に大きな犠牲を出し、恐怖の時代を経て、物質的に豊になった。そして今、
国家、地域、世代の三つの対立の真っ只中にこの国はいる。難問を解決する鍵は、「和譲」
の言葉の中にあるのではないでしょうか。 坂本 歴史を共有するためには、同じ場所で
同時に一緒になって歴史的事実を映像として見るということが大切です。困難な問題を解
決することにつながる。平和記念館も、そういうシンボルとして非常に大切です。 小松
 この地域は古代、48mの神殿建設を通じて日本列島に平和の文化を生み出したと伝え
られている。核拡散を伴う動乱期を迎え、朝鮮半島の対岸の中海・宍道湖圏の動向が人類
の未来を左右するといっても過言ではない。皆様のご意見と、賛同をお待ちしています。
ありがとうございました。

発言者プロフィール

司会
上田 和泉 株式会社中海テレビ放送・キャスター。

コメンテーター
大脇準一郎 元財団法人国際科学振興財団主任研究員、新しい文明を語る会(産学協同勉
強会)、国際教育研究所などの設立、育成に努める。NPO法人未来構想戦略フォーラム代表
・国際企業文化研究所所長。

中野 有 国連工業開発機構アジア・太平洋担当官(ウイーン)、環日本海経済研究所研
究主任、東西センター(ホノルル)、とっとり総合研究所主任研究員、ブルッキングス研
究所主任研究員(ワシントン)、ジョージワシントン大学客員研究員、コーエイ総合研究
所主任研究員を歴任。現在、中野アソーシエイツ(ワシントン)、同代表。

坂本 巌 元島根大助教授、生態行動学。宍道湖・中海淡水化事業、本庄工区干拓事業に、
生態学の観点から警鐘を鳴らし続けた。小松電機産業(株)と有益機能水開発に成功。(財)
人間自然科学研究所理事。

小松 昭夫 小松電機産業代表取締役。1994年に(財)人間自然科学研究所を設立、
国内外の社会問題に対して積極的に提言、活動している。ニュービジネス大賞受賞。中国
・孔子文化大学客員教授。