アンドリュー・カネーギーの贈り物
  “平和の殿堂”100周年記念展示会
 (1913-2013)

はじめに

 国連の国際司法裁判所本部のあるハーグには平和の殿堂がある。これは、世界平和、国
際司法、そして戦争の廃絶に貢献して来た、世界の中で最も古く、素晴らしく、かつ重要
な建物である。アンドリュー・カネーギーの寄贈したこの建物は、平和慈善事業の典型で
あり、彼が20世紀初頭に財政支援した3つの平和の殿堂の中の1つである。彼はまた、
「教育と知識は国際理解と平和を促進する」という信念に基づき、2500を越す図書館を英
語圏に建てた。

現在の展示は、19世紀から今日までの過去100年に渡る、主だった平和事業に焦点を当て
ている。カネーギーや他の著名な平和慈善家は言うに及ばず、ほとんど無名の平和慈善家
達を称えている。カネーギーの考えに沿い、平和への弛まざる投資に特別な関心が傾注さ
れてきた。平和の研究と探求には、平和教育、平和維持に関わる多くの様々な機関や団体
を収容する建物が必要である。たとえば、国連および国連傘下の多くの機関、大学の平和
教育プログラム、民間の平和研究所、平和博物館のような公的教育機関などである。第2
の平和慈善事業のタイプは、ピースメーカーおよび彼らの業績を称え、それをさらに世に
知らしめる事業である。その最たる例はノーベル平和賞の創設である。第3の平和事業の
タイプは、公園や庭園の造園、記念碑や記念物の建立等を通じて公共生活において平和を
顕彰することである。さらにもう1つの平和慈善事業のタイプは、外交官や活動家にまで
も参加の枠を広げた様々な会議や集会の支援である。展示会はその性質からしてここに述
べた様々な平和慈善事業の各分野からいくつかの代表的なもの選び展示するに過ぎない。

展示会は、説明図や簡単な説明文のある26のパネルからなる。それぞれのパネルは約2
×1メートルの大きさである。最初に3つの導入パネルがあり、5つの区画に分けられる。
 導入パネルというのは、アンドリュー・カネーギーと彼の平和慈善哲学を紹介したものである。
第1区画と第2区画はそれぞれ、過去と現在に至る8つの顕著な平和慈善事業家達の事例
研究を展示する。おそらくさほど驚くに値しないかもしれないが、その半数は米国人である。
第3区画は、(ここで定義している、平和に直接関係しているわけではないが、大きくみれば
関連している)、現代における主要な大慈善家を紹介している。第4区画では、いくつかの
重要な平和慈善財団を簡単に紹介する。第5区画はカネーギー平和殿堂やノーベル平和賞
のように恒久性のある意義深い多彩な事業を展示する。

一口に慈善事業と言っても非常に範囲が広く、人生全般を含むこともある。今日、慈善事
業の主な受益者というのは、健康、教育、科学、芸術、気候の変動、環境、開発、貧困か
らの脱出の分野に見られる。これらの課題は、戦争の継続、紛争、武器(大量破壊兵器か
ら小規模兵器に至るまで)、兵器の増大と使用等と無関係ではない。戦争と暴力の文化を
平和と非暴力の文化に変容することは、現代における避けて通れない責務であり、とてつ
もない資源を必要としている。カネーギー等の手本に学ぶことによって、今日の慈善家達
はこの手順を大きくすすめることが出来るのである。

1.過去の主なる平和慈善家
  
[19世紀の後半から20世紀半に主に活発な]
(パネル4-11)

ジャン・ブロッホ
(1936-1902)ポーランド─ロシア鉄道王、企業家、銀行家。6巻からなる予言的研究書
「戦争の未来」(1898)。皇帝ニコラス2世の相談相手。第1回ハーグ平和会議(1899)の
精神的父。大戦争を避けるためにスイス、ローザンヌに戦争・平和博物館(1902)を創設。

ヘンリー・フォード(1863-1947)デトロイト(米国)のフォード自動車会社の創立者。
ハーグにおける国際女性会議(1915.4)の後で、リーダーの一人、ロシカ・シュウイマー
はフォードに船をチャーターするように説得した。「フォード平和の船」と名づけられた
この船は、1915年12月、ニューヨークからスカンジナビアまで航海。「平和活動家達が戦
争を終わらせるために、中立諸国が、交戦国の間に入って継続的に仲裁の役割を果たすよ
うに説得しよう」との試みであった。

エドウィン・ジン(1938-1914)ボストン(米国)の教科書出版会社社主、実業家。彼の
世界平和財団(WPF, 1914)は、出版、会議、講演会等を始め、調停、軍縮、平和を推進
する多くの仕事に問題に資金援助をした。死ぬ時、彼は自分の遺産の3分の1をWPFに寄贈
した。平和を希求して、彼はアンドリュー・カネーギーと協働したこともある。

ルフレッド・ノーベル
(1833-1896)スエーデンの科学者、工業家、企業家、ダイナマイトの発明者。彼の遺言に
より、彼の遺産を平和の戦士のための賞を含めた5つの年次賞の創設に当てられた。
この平和賞は、「汝の武器を置け!」(1889)の著者、オーストリアのベルサ・フォン・サット
ナー男爵夫人に多大な影響を受けて設けられたものである。ハーグ平和会議(1899&1907)
で顕著な働きをしたロビースト。

プリシラー・ペコヴァー
(1833-1931)英国の富裕な クエーカー平和活動家。地域女性平和協会の運動(1879)に
女性を結集することに成功した教育者。「平和と善意」という季刊誌を創刊し、その後、
死に至るまでの50年間、編集、出版、資金援助をした。

ジョーン・D.ロックフェラー、Jr.
(
1933-1960) スタンダード石油会社の創立者の一人
息子。創立者の慈善事業を引き続いだ。1927年、彼はジュネーブにある国際連盟の図書館
に200万ドルを寄付した。1946年にはマンハッタンに国連本部の建物の用地買収のため、
850万ドルを寄付した。

アルバート・K. スムレイ
(1928-1912) ホテルオーナー。1985年から死ぬまで毎年影響力のある国際調停会議を
彼のリゾートホテルであるレイク・モホンク(ニューヨーク州)で組織し、主催した。多くの著名な
学者、活動家、政治家等とともにカネーギーやジンも参加者であった。

J.G.D.ウォーテラー
(18…-1927)オランダの銀行家、第一次世界大戦中の1916年に発見された彼の遺言により、
平和賞が毎年授与されるようにかなり多額の資産がオランダ国家に遺譲された。1931年に
最初の授与が行われた。この賞はノーベル平和賞以後、この種の賞としては最も古くから
継続している賞である。カネーギー財団が管理しており、授賞式は平和の殿堂で行われる。


2.現代の主な慈善家達 (20世紀半以降) 〔パネル12-19〕
 
趙 永植
(チョウ・ヨンシック) (1921)教育主義者、国際主義者。ソウルにある慶煕大学
と平和学研究大学院の創立者。国連40周年記念事業として「平和世界百科辞典」(1986)
を発案し財政的に支援した。 国連の国際平和の日と国際平和年(1986)の発案提唱者。
慶煕大学の学園内に国連平和公園と博物館設置を指示。

サイプラス・イートン 
(1883-1979)カナダ系アメリカ人、実業家、銀行家、1957年、科
学と世界情勢をテーマに第1回パグオッシュ会議を主催。核兵器の危険性を語るために、
東西の指導的知識人や核科学者が一同に会した。1995年、広島と長崎被爆50周年記念の年
に、パグオッシュ運動はノーベル平和賞を受賞した。  

モー・イブラハム (1946-) スーダン人、学究肌の企業家。アフリカに社会的流動性を
大幅に拡大した。民主主義と良き統治を促進するために、モー・イブラヒム財団を創設
(2006)。その財団は、アフリカ人の指導力による業績に対して、毎年非常に高額なモー
・イブラヒム賞を授与するほか、「アフリカの統治のためのイブラヒム指標」を出版している。

小松 昭夫 (1944-)日本人、実業家、小松電気産業㈱(1973)代表取締役社長,(財)人間
自然科学研究所(1994)創設者。センターや博物館、公園の創設、会議や出版を通じて日
本と中国・朝鮮(南・北)ロシアとの和解と平和の促進に努めている。

ジョアン・クロック
(1928-2003)マグドナルドの創立者レイ・クロックの未亡人。1986
年、ノートルダム大学(インディアナ)に平和研究所を創設するために1200万ドルを、
2001年サンチエゴ大学の平和研究プログラムに2500万ドルを寄付した。彼女の死後、それ
ぞれの平和研究所に5000万ドルの寄付がなされた。

テッド・ターナー
(1938-)米国メディア王、CNNの創立者(1980)。国連に10億ドルを寄付、国連財団
(1998)を創設して寄付金の管理に当たらせる。資金は、世界の差し迫った問題を話し
合うために、公的および私的な賛同者から更なる寄付金を募る契機となるよう使われる。

コーラ・ウェイス
(1933-)1959年にニューヨークから始まった。サムエル・ルーベン財団(彼女の父に
ちなんで名づけられた)の会長、世界平と正義の追及に貢献した。反戦=軍縮活動家、
平和教育者。ハーグ平和声明(HAP:第1回ハーグ平和会議100周年記念、(1999)の
先導者。「女性・平和・安全保障に関する国連安全保障会議」4第1325号決議(2000)
共同起草者。

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 あらゆる男女:個人的慈善家に焦点を合わせることは、たとえそれが世界中に散らばる
無数の個人による些細な貢献であってもその重要性をあいまいにすべきではない。平和
貢献の多くは、市民社会一般の活動家達よる、お金だけではなく、時間や、エネルギー、
技量、創造性、情熱等の貢献によっている。


3. 現代の指導的慈善家達 (パネル20-23)
 
 この大きなテーマを扱うために、2つのパネルを米国に、残りの2つを他の国々へ当てるこ
とにする。

米国のパネルは2009年にウオレン・バッフェットやビル/メリッサゲイツに唱導された
「寄付の誓約」に焦点を当てることになるであろう。この誓約に参加する人々は自らの富
に大半を寄付し、「富者として死ぬ者ものは見下される」とのカネーギーの格言に応じて
生存中にそうしようとするのである。

最近70の誓約がなされた。(個々人と夫婦との間を平等に分けた)誓約が書かれた手紙文
のテキストは60は使える。慈善家仲間においては、カネーギーやノーベルの慈善事業でし
ばしば知らされたような─武器や戦争の廃絶、これを可能にする国際秩序の醸成─に対す
る関心の無さはこれらの問題が彼らが自分の富を捧げる地域や分野ではないという名目的
理由から来ている。 ただ3人(ピーターG. ビーターソン、ジェフ・スコール、テッド・ターナー)
 だけは、これらの心配事について触れている。彼らはただ慈善事業だけをあるいは主に
慈善事業だけを扱っている。詳しくは下記のサイトをご覧頂きたい。
                                  http://givingpredge.org

ロシアを含むヨーロッパの指導的慈善家達(平和に関連した問題にも関心を寄せているリ
チャード・ブランソン、ジョージ・ソロスのような人々)が、世界の他の地域からの慈善
家達、特に中国、インド、中東の慈善家達が簡潔に紹介されることになるであろう。


4.平和基金 (パネル24)

上述したように、何人もの平和慈善家達が、平和基金創設に関わってきた。カネーギー国
際平和基金、ジン世界平和基金、ターナー国連基金などがそれである。また、このパネル
には次の基金(財団)も含まれている。すなわち、イギリスのジョゼフ・ロウンツリー慈
善基金(数多くのクウェーカー教徒慈善団体の一つ)、ロータリー財団(ロータリー平和
センター及びピース・フェローシップ・プログラムを含む)、アメリカのマッカーサー財
団である。

5.将来の平和の構築に向けて (パネル25-26)

創立100周年を迎える平和の殿堂が、平和的文化活動の、促進や財政的支援に果たす独自
の役割は今や明白である。また、より公正で平和的な世界をいかに構築していくかは人類
の大きな課題である。その課題の探求が成功するためには、更に多くの社会的資源が必要
であることを世に認識させることも、また殿堂の役割であると言える。

この国際的平和と正義の都市ハーグに、多くの国際的な政府や非政府組織または機関がそ
の本部を置いてきたことは至極当然なことである。そして、自分たちの目的とする活動を
強化拡充するために、どの組織もさらなる支援受けることを歓迎する。特に小規模なNGO
においてはそうである。なぜなら、彼らは世界的に草の根レベルで活動しているが、資金
不足のため、しばしば自分たちの掲げる基本的な奉仕活動の実施さえ困難になることさえ
あるのだ。したがって、ハーグに本部を置くこのようなNGOが、もしも選ばれて余分な資
金が与えられるならば、彼らが受ける喜びの衝撃は、計り知れないものがあるであろう。

最後のパネルは、平和と国際理解教育にスポットライトを当てるものになる。これはアン
ドルー・カーネギー氏が心血を注いだ理念と近いものである。すなわち、国際法とその権
威の重要性及び国際司法裁判所の役割の認識強化のためには、世界的規模の世論教育が不
可欠であるということである。平和博物館は、平和と非暴力の文化を広めるために重要な
役割を果たすようになってきている。原爆による完全な破壊後10年にして、1955年に設立
された日本の広島と長崎の平和博物館が、現在にいたるまで最も重要な平和博物館である
ことは、決して故なしとしない。「ノーモア広島、ノーモア長崎。各兵器を廃絶せよ、戦
争を廃絶せよ」――このような博物館が、核保有国の首都や主だった都市にも建設される
べきである。そうすれば、国際法が規定する、核兵器廃絶へ向けての大きな力になること
は間違いないであろう。                 

理想をいえば、このような博物館は、過去から現在に至るまでの平和主義者たちが残して
くれた、豊かな遺産を展示する場所にもしたいものである。そうすれば、その博物館で我
々は、ガンジーやマーチン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラやアウン・サン・スー
チー、その他人々によく知られて愛されたたくさんの平和主義者や非暴力主義者が、身を
もって示してくれた非暴力による社会変革というものが、いかに有効で実効あるものかを
学ぶことができるであろう。ハーグ市と平和の殿堂を訪れる多くのピース・ツーリストは、
殿堂が完成した暁には、世界平和運動というものの豊かで素晴らしい歴史について、もっ
と十分に学ぶことが可能になる。(ハーグ市は、世界平和運動において、過去も顕著な役
割果たしてきたし、現在も果たしつつある。)そのハーグ市にあって少人数の職員を置く
平和博物館国際ネットワーク(INMP:International Network of Museums for Peace)は、
平和の殿堂を見下ろす位置にある。ここには、世界中から美しくも勇気づけられる多くの
プロジェクトの素案が寄せられている。これらプロジェクトの実現こそ、世界平和に向け
ての重要な一里塚になることであろう。

展示へ向けてのスケジュール

 2012年3月1日~5月31日(3箇月):理念/内容の検討と決定
 6月1日~8月31日(3箇月):基金集め
 9月1日~2013年4月30日(8箇月):展示準備
 5月1日~6月30日(2箇月):展示物制作
 7月~8月:展示可能状態
 8月29日~9月21日:ハーグ市にて展示

6、ヨーロッパ旅行を終えて 2013.09.14 礒江 公博  
  (日本軍「慰安婦」問題が示唆する恒久平和の構築)

注:
・上記メイン・セクション(1-2)に掲げる慈善家たちの順序はアルファベット順とす
 る。ただし、変更の可能性あり。

・展示パネルの本文と説明文を、英語とオランダ語の両方にするか、英語だけにするかは
 未決定。(ただし、観客に配るハンドアウトにはオランダ語訳を付けることにする。更に
 後には他の言語訳も付す。)

・他所への移動の容易さと経費節減を考慮して、展示物はそれぞれ独立展示できる形態と
 する。

・展示のオープニングは、2013年8月末、ハーグ市庁舎中央広間とする予定。国際平和デー
 である9月21日までの3週間にわたって展示。                  
 
・展示会と同タイトルの、2日間にわたるシンポジウムを9月に平和の殿堂の図書館で行
う予定。(日時は後日発表する。プログラムを検討中。)

・平和慈善に関する情報、上記の内容についての具体的情報、平和慈善家に関する具体的
 情報については、http://peace.maripo.com/p_philanthropy.htm を参照のこと。この
 ウェブサイトは、ハーグ2013の展示とシンポジウムを支援する目的で、エドワード・W
 ・ロリス(Edward W. Lollis)によって制作された。

 Dr. Peter van den Dungen および Drs. Marten van Harten
 平和博物館国際ネットワーク(INNP―International Network of Museums for Peace
                                  2012年2月