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アラブ諸国の医療と薬草療法右をクリックするとPDFファイルにリンク

2006年 9 月14日 Medical Tribune 日本医療経営学会 理事長 廣瀬輝夫

はじめに 

 ユナニアラブ医学はアーユルベーダおよび中医とともに世界三大代替
医療であり,その由来と現状を視察するため,トルコ,ヨルダンとチュ
ニジアの近代および代替医療と,それを医療保険で認可しているトスカ
ーナ地方の薬草博物館を訪れた。
 西洋医療はギリシャで起こり,ローマを経てメソポタミア,エジプ
ト,インド医学を吸収してユナニ医学として始まった。


アラブ3 国の近代医療の現状 

アラブ諸国のなかで政情が安定しているトルコ,ヨルダン,チュニジ
アの近代医療の現状では,トルコが最も発達しており,国民 1 人当たり
の医療費,医師数および看護師数はわが国の半分に近く,ヨルダンの医
療費はわが国の 7 分の 1 であり,医師数,薬剤師数はほぼ同数で看護師
数は半分である。

 わが国と比較すると,チュニジアの医療費は10分の 1 で医師数は半
分,看護師は 4 分の 1 である。しかし,いずれも病院,病床数はわが国
の10分の1 にすぎない。人口高齢化率は 6 %前後である。平均入院日数
は 5 日前後であるが,外来治療を主としている。乳児死亡率はわが国の
3.0に比較して10倍に近い。先端医療,ヨルダンでは臓器移植,心臓外
科も行われ成績もよく,歯科,口腔外科は近隣諸国からの来診も多い。
住民の大半は公的病院で治療を受けているが,その医療程度は低い。
 ヨルダンの首都アンマン市内にある私的病院の多くは特殊専門病院
で,その 1 つのKhaldi総合病院は150床の小病院であるがMRI,CTおよび
ICUなどの近代施設を備え,一般外科内科とともに 1 日20例の人工透
析,および年間20例の腎臓移植が行われていた。その他,眼科,心臓病
専門病院もあり,Farh病院は乳房形成術のみを行うなど特色があるが,
公的病院は一般総合病院で設備が悪かった。

 医療保険は住民の30%は私的保険,20%は公的保険があるが,半数
は私的支払いのみで,平均年収50万円の住民には,私的病院の一般初診
料は350円,専門医初診料は6,000円なので割高である。
 医師の平均収入は年間300万円にすぎないため,心臓病専門病院を創
始した大学教授も辞任し急にドイツへ転任したため,面会の約束が果た
せなかった。

 トルコのイスタンブール市内の私的病院は20%にすぎないが,その 1
つのYeditep市立大学の付属病院Alkhalidi総合病院は元イスタンブー
ル市長の創設した病院で,先端医療が行われており,耳鼻咽喉科,歯
科,口腔外科が優れ,声帯のレーザー整形術で音声の矯正を行うため近
隣国からも歌手,俳優らが訪れていた。また歯科医,歯科技工士の実地
教育のために50人が一斉に実習している教室と最新診断器を備えた耳鼻
咽喉科,眼科の外来診療室があり,VIPスイート病室は高級ホテル並み
で付き添いのための別室も付属している。

 大学病院の本館は400床で,手術室,心臓血管診断治療設備,CCU,
ICUも米国の一流病院に匹敵するもので,CABG手術は年間300例,PCI
は700例で成績もよい。

 また近い将来,ガン手術センターとガン化学療法センターを設立する
のための会議を,アジア地区紅海近辺にある大学付属の広大なキャンパ
スで行うとのことで学長に招待され 参加した。そのあとトルコ風羊の
焼肉パーティに主賓として招かれ,紅海の風に 接して来た。医学教育は
いずれの国でも盛んで,医学校の年間卒業数は人口に比例すれば先進国と
同等で,ことにチュニジアでは義務教育からの大学教育はすべて国家負担
で無料であり,若者の80%は大学卒である(表 1)。
〈表 1〉 日本およびアラブ3 国の医療比較(2004年)


アラブ3 国の薬草医療 

 公的病院では十分な近代的医療が受けられず待機期間も長いので,大
半の一般市民はAttarと呼ばれる薬草処方士から店頭で診断を受け,生薬
および自然生薬の処方をしてもらっている。重症者以外は医師に治療さ
れていないが,平均寿命は71歳前後で発展途上国のうちでは上位を占め
ている。ことにトルコでは,私的病院が少なく公的病院が多いので,イ
スタンブールのバザーにある薬草市場はにぎわっている(写真 1)。

 ヨルダンのアンマン市の中心街には十数軒の薬局が立ち並び生薬の処
方が行われ,自然薬製剤の販売も盛んである(写真 2, 3)。近郊には大規
模な製薬会社が数社あり,自然薬および薬草の製剤も近代薬とともに盛
んで隣国にも輸出しており,自然薬の種類は諸国の薬草および化学製品
も含めて広範である(表 2)。〈表 2〉 ヨルダンのDelass製薬,自然薬

 チュニジアの私的な近代的病院では北アフリカやアラブ諸国からの来
診も多く,代替医療や薬草治療は比較的少ない。


ユナニ医学の歴史と現状 

 アラブ医学は 7 世紀前後から発達し,主として祈祷と薬草,瀉血,蛭
吸血法および自然食,絶食の食事療法とマッサージ,蒸気風呂,温冷浴
の物理療法から成り立っていたが,現在ではトルコ風蒸し風呂と薬草の
みが残存している。

 アラブ民族の大半はGini女神と後生の存在を信じ,重病に罹患すると
Shamanの祈祷を受けるという。

 また田園地区では蛭吸血法,解毒療法としてなつめ,ひまし油,雌ら
くだの乳および尿などの飲用,蜂蜜による切り傷の消毒や絶食療法がい
まだに行われている。ユナニ医学は現在代替医療として使用できるもの
は薬草療法と物理療法くらいしかない。

 ただし,イエーメン,イラン,イラクにはメソポタミア時代の薬草や
医療法が残されていると言われる。

アラブ3 国の代替医療 

 ユナニ医学は薬草療法以外はあまり学ぶことはなく,代替医療士は自
然療法士,薬草処方士,漢方医,鍼灸師のほか,近代的なカイロプラク
ター,バイオフィーディングなどが行われ,ことに日本の漢方および鍼
は高く評価されている。イスタンブールには相当数の診療所があり,自
然療法は博士号を持つ市立自然食博物館の館長が,代謝障害症候群に対
する自然食や薬草および絶食療法の講義をしてくれた。

 代替医療士の1 人はインドへ留学しアユールベーダを学んだ僧侶で,
市内に大規模な診療所を持ち祈祷と薬草療法,鍼灸療法により治療をし
ているが,一般市民の信用も厚く盛況であった。

 ヨルダンのKahaldi大学付属病院でも,最近日本へ留学した漢方医を雇
用し代替医療を施行していた。


アラブ諸国の医療と薬草療法     ANBERRY

フローレンス近郊の薬草博物館 

 薬草の歴史を知るためにイタリアのSansepolcro市にある世界唯一の
ABOCA博物館で古代からの薬草,製剤器具,薬剤容器,薬草およびそ
の古文献,さらに中世期の薬局と鍵付きの麻薬貯蔵室などを 1 日がかり
で見学した。そこに貯蔵されている薬草発生史のコピーをもらい受けた
が,スピルナー,クロレラなどの海藻は健康増進およびガン代替治療薬
などとして現在使われているが,60億年前に既に発生しており,銀杏は
記憶回復剤として5,000年前から使用されているが 2 億年前に初期の樹木
として出現した柳の葉,カモミール,緑茶などの精神沈静剤は人類誕生後
栽培されたものであるという。
 中世期には僧院で栽培された薬草の保存は,天井から名札を貼付して
下げ乾燥し蒸留装置で薬物としてキリスト教信者達の治療に使用した。
 1615年にニュルンベルグでBeslerにより発行された『THE GARDEN
AT EICHSTATT』は最初の全巻薬草の絵図のある希少本が初めて英国で
英訳されたものを購入したが,当時の薬草がすべて収録されている
(表3 )。〈表 3〉 薬草発生史(イタリア・ABOCA博物館所蔵)


トスカーナ地方の医療 

トスカーナ地方はフローレンスも含め多数の
代替医療士が開業しており,漢方,鍼治療,指圧療法,カイロプラク
ティック,バイオフィーディングおよび薬草治療の診療所の実地見学
をした後,地区厚生省で厚生大臣をはじめ医科大学学長,代替医療
士も交えた総合保健会議に招かれ,フローレンス,ピサ市などがあ
るイタリア中部のトスカーナ地方では統合医療も医療保険で保証を受
け,代替医療が奨励されており,それが発達しているメキシコとも協力
している旨を知らされ,日本の代替医療との交流を希望された。

〈写真 2〉 ヨルダン・アンマン中心街の薬局
〈写真 3〉 アンマン中心街の薬局内部

むすび

 今回の訪問では,アラブ古代医療でもあるメソポタミアの医療は政情
不安のため見学できなかったが,西洋における薬物治療がインド,中
国,米大陸の薬草からの影響があるか,またいかに中世期からの僧院お
よび民族的薬草が保存されているかが実感され,三大代替医療と言われ
たユナニ医学はほとんど廃れている近代医療は発展途上国のなかでは
先進国に近付きつつある。


〈写真 1〉 イスタンブールのバザー内の生薬売り場



東南アフリカ5ヶ国医療事情PDFFファイルへ

2007年 7 月 5 日   Medical Tribune

はじめに
 心臓移植の発祥地,南アフリカ共和国のケープタウン,Groote Schuur
病院から,米国心臓血管外科の現状および筆者の開発した自家組織保存
心臓手術についての講演を依頼されたのを機会に,1 か月にわたり東南
アフリカ医療の現状と伝統医療の視察を行った。国民はHIV/AIDS感染
蔓延のなか,貧困のため 8 割が近代医療の恩恵を受けられず,民間伝統
医療に依存する状態であった



東南アフリカ共通の医療

 この地域は黒人が人口の90%以上を占め,貧困率は南アフリカ共和国
を除いて40%前後で,ジンバブエでは70%にのぼっている。1 人当たり
の収入は南アフリカ共和国以外は800~2,000米ドル前後で,医療費も
4 米ドル以下である。近代医療は普及しておらず,黒人の80%は伝統的
民族医療に依存している。そのため乳児死亡率は1,000人に対して50~90
人で,全死亡率は東アフリカ諸国(以下,東ア)では10~14人である
が,HIV罹患率が住民の20%以上に及ぶ南アフリカ共和国は22人で,ジ
ンバブエでは30人に近い。

 女性 1 人の出生数は東アでは 5 人前後のため人口増加率は 2 ~ 4 %で
あるが,南アフリカ共和国では0.5人前後でHIVによる死亡増加とともに
人口は増えていない。平均寿命も東アは50歳前後であり,南アフリカ共
和国ではHIV/AIDS感染蔓延のため40歳前後である。平均年齢は20歳前
後にすぎず,老齢人口はいずれの国でも 5 %以下である(表 1 )。

 近代医療施設はほとんど大都市に集中し,南アフリカ共和国以外は病
院数,医師数も著しく不足している。看護師および診療補助士(補助
医師)により診療が行われ,黒人の大半のプライマリケアはH I V /
AIDS,結核などの慢性疾患および肺炎,インフルエンザなどの急性感染
症も含めて伝統的な民族療法士に依存している。さらに,直接生薬を購
入し治療をしているため,近代医療薬によるHIV/AIDSおよび結核の治
療は行われず,母子感染による死亡率は高く,夭折する者が多い。


エチオピアの医療 

 エチオピアは人類最古と言われる4,000年前の原人の化石Lucyが発掘
されて以来,人類考古学の研究が盛んとなり,900年前の古墳や古城,
一塊の岩山を上から外壁および内部まで掘り抜いた石窟寺院などの遺跡
を中心とした観光と農業に国民経済は依存しているが,国民総生産は人
口8,000万人に近いにもかかわらず133億米ドルで貧困率は38%に達す
る。
 出生数は女子 1 人で 5 人平均であり,乳児死亡は100人に10人と高い
が平均年齢は18歳である。貧困で子供が多いため山岳地帯では 2 歳で数
kmを歩いて水運びをし,9 歳から薪運びをさせられ,女子は口減らしの
ため父親が11歳から婿探しを始める。そのため栄養失調で発育不全の
若年妊婦が多く,産道が狭いので死産や難産で膀胱損傷や直腸損傷によ
る尿瘻や糞瘻ができても手術も受けられず,不潔なため家族から放置さ
れ,隔離生活を強いられている。

 オーストラリアの医師たちが約半世紀前からAddis Ababa市内にFistula
(瘻孔)慈善病院を設立し,田園地区の貧困患者の瘻孔閉鎖手術を90%以
活習慣病がないので糖尿病や血管硬化症が見られず,HIV感染も少ない
ので長寿者が多い。部落の長老のMedicinemanが伝統医療のみで治療
しており,健康栄養状態も悪いので平均寿命は50歳前後にすぎない。
ジンバブエの医療 ジンバブエは旧南ローデシアの時代に近代的な医学校
が首都Harareに建設され近代医療が行われていたが,1998年から 4 年
間のコンゴ共和国との戦争により疲弊を来し,年間1,000%のインフレ
と民族的内紛のため国際的援助も得られていない。失業率,貧困率とも
に80%近く,国民総生産は31億米ドルにすぎず,近代的医療は破綻を来
している。病院数は65,クリニックは643で病床数は4,000,医師数は7
40人である。医療費は年間 1 人当たり 1 米ドル以下と言われる。
そのため, 住民はSangomaと呼ばれる祖先のたたりにより疾病が起こると
信じている祈祷師から霊感治療により生薬の処方を受けている。

 世界最大級の滝の 1 つであるビクトリア滝を中心とした観光は盛ん
で,これが外貨の唯一の収入源とされ,ごく限られたホテルおよび南ア
フリカ共和国からの鉄道と空港などの関係者のみが比較的裕福な生活と
医療を享受している。HIVの感染率は住民の 4 分の 1 に
達しているが,ほとんどが近代医療を受けられず死亡者は年間17万人に
及ぶ。

東南アフリカ5 か国の医療事情上の成功率で施行し,年間数百人を
救済して米国のテレビでも紹介された。

 医学校は 5 校で医師以外に診療補助士や看護師を養成しているが,医
師は卒業後国内での開業はせず大半の病院やクリニックでは診療補助士
のみが診療を行っている。病床数は1 万1,000床のみで80%は公的医療の
ため水準は低く専門医もいない。伝統医療は,知識人と呼ばれるShamanに
より呪術と生薬治療が行われている。


ケニヤ,タンザニアの医療 

 両国とも海浜地区と内陸地区がある。海浜地区は経済的に比較的豊か
であり近代医療も発達しているが,内陸地区はほとんど伝統医療に依存
している。
 ケニヤは病床数は 5 万床で医学校は 2 校であるが,医師は4,000人,看
護師は 3 万人にすぎない。タンザニアの人口はケニヤとともに3,500万人
ほどであるが,病床数は半数以下の2 万床にすぎず,医師数は800人,
看護師数も 1 万3,000人で,1 人当たりの医療費は 2 米ドルである。いず
れも近代医療施設は公的医療が大半で水準は低い。HIVの罹患者は150万
人前後である。乳児死亡率,平均寿命もエチオピアと同様である。
 マサイ族はケニヤとタンザニアのみに散在しているが,粗食のため生

〈 表 1 〉 東南アフリカ5 か国の医療比較


南アフリカ共和国の医療 

 南アフリカ共和国は 5 か国のなかで最も経済的に発達しており,国民
の平均年収は 1 万1,000米ドルで失業率は4.5%にすぎないが,90%を占め
る黒人の貧困率は22.5%に達している。

 鉱物と宝石の産出により19世紀後半から国が富み近代的医療施設が大
都市に建設され,ヨハネスブルグ近郊の人種差別(Apartheid)の反対峰起
の発祥地で,その旗頭であるNelsonMandelaの出生地のSowetoには世界
最大規模とされる3,200床のChrisHani Baragwanath総合病院がある。
 ケープタウンには心臓移植で有名なGroote Schuur病院が医科大学の付
属病院としてあり,移植医療をはじめ先端近代医療が施行されている。
医科大学は大都市に 7 校のみで病院数は623,病床数は 1 万2,000床にす
ぎず,その半数に当たる私立病院のほうが医療水準が高い。医師数は 3
万2,000人,看護師数は16万人,薬剤師数も 1 万1,000人で医療従事者は充
実している。

 ただし,黒人の80%以上は伝統医療に依存し,20万人のSangomaが年
間 5 万トン,1 億4,500万米ドルの生薬を使用して治療しているという
が,そのうち30%は文盲とされ,他は知識人であり白人も数人いる。

 医療は先祖からの霊感に依存しているため,正確な診断を近代的医療
機関で受け,HIVなどの感染症は近代治療薬を使用し統合医療が施行さ
れている。ただし,正規医師側は邪道としており,政府は医療保険によ
る支払いを進めているが反対している。

 HIV罹患率は黒人女性では35%と高率であり,罹患者数は530万人で
全人口の 8 分の 1 に当たる。その原因としては強姦の慣習が大きく,35
%の男性がその経験者であり,さらに最近の風紀の乱れと性教育の不足
がそれを助長している。またSangomaの生薬は性病をはじめとす
る感染症には無効であるにもかかわらず,治療を受けている者が多いた
めでもある(写真1 )。


東南アフリカの生薬医療 

 これらの国で伝統医療に従事している者はXhosa語で呼ばれるInyanga
生薬治療者が20万人,Sangoma霊性感受者が45万人でいずれも生薬によ
る治療を主としている。生薬のなかには近代医療に共通のものが10種類
以上もあるが,伝統医療のみのものも500種類以上使用され,そのうち
約200種類は効果があるとされている。

なかには呪術的な薬草で先祖の霊を呼ぶためのものや,HIVを含
めた性病や結核,インフルエンザの治療薬,家族の婦女子を守護す
るために侵入者を防ぐ霊薬など信頼できない薬も多いが,100種類
に近い薬草は化学的に有効成分が分析され,その裏づけが可能であ
る(表 2 )。

 中国は生薬の世界主要産出および輸出国であり,8 億人が約5,000
種の生薬(70万トン)を使用しているが,欧州でも国際生薬輸入の25
%(13万トン)を占め,その 5 分の1( 2 万7,000トン)はアフリカからで,
90%は野生である。ドイツは輸入した生薬の 3 分の 1 を精製して西洋諸
国へ輸出している。東アは砂漠地帯が多く生薬は樹皮から作製されてい
るが,南アでは平野が多いので灌木や草花の葉や球根からの生薬が大半
である。


南アフリカ共和国の近代先端医療

 ヨハネスブルグおよびケープタウンでは多くの近代的な医療機関が建
設され,Christian Barnardが心臓移植をケープタウン医科大学で1967年12
月に成功させてから年間平均45例施行され現在までに500例に達したが,
開心術は年間400例にすぎない。

 P. Zilla教授と後継者J. Brink准教授(写真 2 )
写真 2 〉 Chris Barnard研究所正面玄関前にて、

ケープタウン大学医学部のP. Zilla教授(右)とJ.Brink准教授
(心臓外科部長 ,左)の依頼で 2 日間にわたり,拒絶反応が避けられ
ない移植に反対で自家組織保存を主張する著者が1968年 2 月に世界で
最初に施行した内胸動脈と冠動脈吻合手術と自家組織使用の弁膜修復術,
異種組織導入を避けた無輸血心手術と現在の米国心臓外科の最先端で
ある自家骨髄幹細胞使用の再生心筋移植が将来は心臓移植に代わる
ことや,経血管の冠動脈と弁膜の低侵襲手術および弁膜修復術が
主流になりつつある現状を述べた。


おわりに

 東南アフリカの医療は,南アフリカ共和国の二大都市を除いては近代
的先端医療はほとんど施行されていない。黒人は貧困のため民族医療に
依存し生薬が服用されているため,HIVの蔓延が最大の課題となってい
る。Schweitzerの遺志を継いだ「国境なき医師団」の活躍はこの地域では
ごく限られたものであり,国際的医療援助が必要である

 
含む 2 件以上の研究


東欧と北アフリカの医療事情

2008年 1 月 3 日Medical Tribune

はじめに

 共産主義および植民地政策から解放され,平和のなかに発展を続けて
いるポーランド,ウクライナおよび北アフリカのアラブ諸国は1990年代
から急速に医療事情が改善し,ことにキリスト教国である東欧 2 か国の
近代医療の導入には目を見張るものがある(表 1 )。
〈表1〉 東欧および北アフリカ新興国の医療比較(2006年)

 アラブ系のエジプト,チュニジアは医師教育が遅れ,医療従事者数も
不足しており,医療保険制度も確立していない。旧態依然の公的医療に
対して1998年以降には私的医療が急速に発展したにもかかわらず,先進
国と比較して10年以上遅れている


 これらの国々では,東南アフリカやアジアで蔓延しているHIV感染者
や結核患者も,ウクライナでHIV感染者が1.4%ある以外は少数である
が,B型肝炎は蔓延している。

 また,古来の伝統医療は戦乱のために多くは現存しておらず,これら
の地区では代替医療はエジプトの古来の香油塗布マッサージ療法や生薬
医療とアラブの生薬以外は,理学医療を取り入れた中国医療やホメオパ
シーと呪術的治療が主であった。


ポーランドの医療事情

 ポーランドは,ナチス・ドイツおよび旧ソ連軍による侵略で大都市の
大半が灰燼に帰したが,ポーランド国民の不屈の復興努力により戦前の
姿を取り戻し,医療保険制度も国庫負担の国民保健組織(NHS)と民間の
企業保険が導入され,公的機関が80%保険料の支払いを負担し,国民の
自己負担は20%と,日本の皆保険制度に匹敵するほどである。

 近代医療,ことに心臓血管疾患の診断治療の発展は目覚ましい。40年
前には著者が米ニュージャージー州のDebora病院でポーランドおよびパ
キスタンから空輸されてきた数十例の小児心臓病患者の手術を施行し
たことがあったが,心臓外科医のZ b i g n i e w R e l i g a教授
(写真 1 ) 前ポーランド厚生大臣のZbigniew Religa教授(左)と著者
が国立総合心臓病研究所を30年前に発足させて開心術を始めた。現在で
は国民の数は日本の人口の 4 分の 1にもかかわらず全国に30か所の心臓
病センターがあり,心臓手術は年間1 万1,418例と日本と同数を施行,心
臓移植も年間100例以上に達し,経皮的冠動脈侵襲手術も多数施行され
ている。

 同教授は同国の前厚生大臣で,筆者の過去の業績を以前から承知して
おられたとのことで会見を心待ちにしてくださり,心臓外科の今後の在
り方や国家としての国民に対する医療施行のあるべき道へのご相談も受
けた。

 国立総合心臓病研究所の開心術の成績は術後死亡率は 2 %前後で,こ
とに最近は大動脈弓部の大動脈瘤切除後の人工血管置換術100例も 2 %
以下の死亡率と驚異的であった。医師および看護師の教育にも力を入
れ,6 校の医科大学から年間600人の学生を卒業させているが,その半数
が女性である。学習年数は 7 年間で1 年間のインターンが必要であり,
全医師の70%を占める専門医の資格を取得するには最低 5 年の修業が要
求される。医師の平均給与が月額1,000ドルと一般人の給料とほとんど
変わりなく,また,看護師はその半額であり,質の向上を図るのは難し
い。

 ワルシャワ市内の陸軍病院は一般市民の診療が80%であるが,急性虚
血心の治療も施行し,年間2,000例の冠動脈バイパス手術と600例の弁膜
置換手術を施行している。国立整形外科病院は年間 7 万人の診療を行っ
ているが,リハビリテーション設備は不十分である。しかし,救急医療
への対策はむしろ日本より先行してる。
 代替医療としては伝統医療のポーランド国立Black-Thorn Spa Centerが
同国内に26か所ある。ワルシャワでは郊外の代表的な療養所を見学した
が,長期乾燥のBlack-Thorn灌木をたいて,沃度と6.5%の濃厚塩分水の蒸
気を作製し,呼吸器疾患,ことに喘息の治療を施行しているほかに種々の
理学療法の設備もある。医師の処方せんがあれば無料で25日間療養生活が
可能であるが,私費でも治療は受けられるので年間7,000人が訪れている。
(写真 2 )。 ポーランド国立Black-Thorn SpaCenter

 私立のHolistic Centerは市内に数か所あり,いずれも血液の暗黒視野に
よる検査,弱電気による皮膚抵抗のコンピュータによる測定,中国医学
の(陰陽)五行(木,火,土,金,水)の組み合わせによる診断が行われて
いた。環境からのアレルギー性疾患および生活習慣病が80%を占めてい
るといい,血液疾患や悪性腫瘍診断も可能とのことで,禁煙と食事療法
を行い,オゾン吸入療法と理学療法および薬草による治療で症状が改善
できるというが,その信頼性は科学的に証明されているとは言い難い。

 ホメオパシーで著名人を多く治療している女医の診療所で治療法を体
験したが,種々の音程の音叉による音響,青色の光線使用による催眠療
法と手かざしおよび呪文の暗示療法


を併用してから,希釈した薬草を投与するというホメオパシーの近代化
を提唱しているが,その効果は疑問である。

 統合医療としては,ホームレスや経済的困窮者の救済のために600年
前に薬草療法を創始したBonifratBrothers修道院が医療機関を受診で
きない人々に,医療センターの一般診療医 6 人のボランティアとの共同
で,修道僧が軽症のものは生薬医療者を通してポーランドに古代から伝
わる薬草を投与し,重症者は医療センターの専門医に紹介して診断およ
び治療を行うが,老人とホームレスは無料で入院させている。

 現在,この僧院で使用されている薬草は17世紀にSt. Johns神父が始め
た100種類以上を68種に混合したものを継承し,僧院の地下室で作製し
ている(写真 3 )。 僧院地下に貯蔵されている生薬
ポーランドでは現在も約300人前後の生薬医療者がい
るにすぎず,種々の混合生薬が使用されているとのことである。


ウクライナの医療事情 

 ウクライナもナチスと旧ソ連軍の侵攻により壊滅的な打撃を受けたう
え,1986年チェルノブイリの原子力発電所の爆発事故により,その復興
は1991年のソビエト連邦(ソ連)崩壊後に始まったが,現在では首都キエ
フはほとんど完全に戦前以上の姿を取り戻している。

 Golubchikov医療統計局長によると,現在医療費は国民総生産の約 6
%を費やしており,病床数も40万床,医師数は12万人,看護師数15万
人で手術症例も600万例に達しているとのことで,ソ連のころのロシア
よりはるかに優れている。

 医師教育は11の医科大学で行われ,年間1,200人が卒業しているが,
70%は女性医師である。6 年間の医学教育の後,3 年間のレジデント終
了後医師開業権が授与され,専門医資格習得には最低 7 年間のレジデン
ト修業が必要とされる。医師の月収は300ドルで,民間人の給料と変わ
らないため医師および看護師の志願者が不足している。

 1842年に創立された国立キエフ大学は,奇跡的にも戦災を免れた当時
のままの講堂でA. I. Poida主任教授の依頼で回診前の外科教室員に講義を
した際,教室員が消化器外科は超音波や映像器具,内視鏡などの診療器
具が古くて種々の工夫が必要であるが,手術自体は欧州連合(EU)諸国の
レベルであると自負していた。

 心臓外科については,1955年にウクライナで初めて開心術を施行した
M. M. Amosow教授の名前を冠した国立心血管センター長のG. Knyshow
教授によると,現在,開心術は20の心臓病専門病院で年間 1 万1,000例が
施行されているが,必要量の22%にすぎない。先天性心疾患手術は年間
1,000例施行されているが,0.4%の死亡率であり,後天性心疾患の開心
術は術後39.5°Cの高温を保つことにより腎合併症は皆無で,また免疫力
増強による術後感染症の減少で死亡率は 1 %以下となったという。

(写真4 ) 左端がウクライナの国立心血管センター長Knyshow教授

 慈善病院で1,400床の小児心臓病センター長のI. Yemets博士によると,
1894年以来16か国からの困窮児童も含めて 7 万6,000例を受け入れ,その
うち7,100例が手術を受けている。同センターはレジデントの訓練病院で
あるため,50人のレジデントのみが診療しているにもかかわらず,年間
300例の手術症例の死亡率は 1 %であるという。

 国立胸部外科,肺臓病センターのM. M. Bagirov教授は,日本の胸部外
科学会の特別講演にも招待されたこともある気管成形の権威で,自己の
気管組織を保存し成形を行っている。人工気管や移植には筆者と同様
に反対で,先天性気管支瘻や気管狭窄の手術では症例により気管支分岐
部まで全摘も可能で,そのビデオを供覧してくれた。

 1992年に代替医療研究所が発足,99年には民族医療病院としての公認
を受け,2,700人のホメオパシー医療士を訓練し,また電気鍼を使用した
鍼灸治療も行い,診断にはMRIや超音波なども用いている。
 そのほか,代替医療者として紹介された,ヒーラーと呼ばれるGerasimova
精神科医(女医)は外科医でもあると称しているが,心理作用,祈祷
とウラル山脈から採取した生薬を使用して治療を施行しているそうだ
が,薬草の成分は秘密にされたため不明である。

 1953年に設立された国立医学博物館は 3 階建ての日本や米国にもない
充実した内容で,民族の誇りとしているウクライナの医学の歴史と,ナ
チスの民族虐殺による200万人以上の犠牲者や,チェルノブイリ原発事
故の放射能被害による白血病や甲状腺癌など種々の後遺症の発生状態の
統計が掲示してあった。


エジプトの医療事情

 エジプトは1922年に英国から独立したが,民主主義が確立されたのは
71年で,そのころから他のアラブ諸国と同様に公的医療が80%に施行さ
れている。しかし,医療の発達や医療保険制度の施行が遅れ,いまだに
国民の大半は民間の生薬医療に依存している。

 最近になって,米国のメイヨー・クリニック,クリーブランド・クリ
ニック,ヒューストン大学,ジョンズ・ホプキンス大学,ハーバード大
学をはじめEU諸国からは私立病院が進出し,近代医療,ことに心臓血管
外科などを実施し始めた。その影響を受け,建物や施設が古くなってい
た公的医療機関も1990年代後半から改善され,今世紀初めには心臓病セ
ンター(写真 5 ), 写真 5. エジプト・カイロ市の新心臓病センター

癌センター,感染病センター,老人病センターなどの総ガラス張りの近代
医療施設が急速に再建されている。
しかし,共産国キューバやルーマニア,トルコ,ヨルダンなどの発展途上
国と比較しても,医療や医師教育ともに10年以上の遅れが見られる。

 カイロ国立大学の医学部付属病院,シャムス私立大学付属の35年前
に創立された老人病センターおよびカイロ郊外のシックス・オクトーバ

ー・シティーにある1978年創立の米クリーブランド・クリニック経営の
Technical Institution Dar AlFouad心臓病センターなどを訪問したが,建
物,医療施設および診療状態の新旧の差は第2 次大戦後の日本の医療機
関と同様であるのに驚嘆した。

 エジプトの生薬医療は,アラブ諸国の生薬のほかに古来の生薬や外用
薬として香油が市販されており,カイロ市には国立薬草研究所も設立さ
れている。

 エジプトでは,ナイル河の恩恵で周辺の沃野に現在われわれの常用し
ている食品や香料および染料となる草木,野菜,果物としてサボテン,
トマト,バナナ,トウモロコシ,馬鈴 ,稲以外はほとんど5,000年前か
ら生産されていた。3,500年前の医学書『EBERS薬用百科』には500種類が
記載されていたが,現在,薬用として種々の主要疾患の治療に使用され
市販されている薬草は116種類であり,そのうちの20種類を列記した
(表 2 )。表2〉エジプト伝統医療の主要生薬20種類

 しかし,古代では発酵技術がないため生薬作製や消毒に必要なアルコ
ールは生産できず,ミイラ作製にはテルペイン油を防腐剤に,松脂のレ
ジンを接着剤に使用していたので,薬用の香油や薬草の作製はすべて抽
出によるものである。現在,世界中に輸出されている香油は草木の抽出
液と植物性油を混合したもので薬用としても使用され,いずれも数種の
混合液がアレルギー疾患や関節炎などの外用薬として治療に使用されて
いる(写真 6 )。写真 6. カイロ市内の香料店の外用治療薬

 エジプトでは,伝説的なイスホテップがB.C.2750年に狂人に尖頭術を
行ったというが,B.C.230年にアスクリピアスが外科手術を僧院で施行
した器具を模写した壁画がナイル河上流沿岸のエスナ寺院に現存してい
る(写真 7 )。写真 7. 2,500年前の外科器具を模写した壁画

 エジプトの外科技術,生薬治療はギリシャ,ローマ,アラブを経てユ
ナニ医学となり,現在の西洋医学の源泉となった。


チュニジアとモロッコの医療事情

 チュニジア,モロッコとも1956年になってフランスの植民地から独立
国となったが,民主主義の確立は80年代であり,医療制度および医療施
設の発展は遅れている。その国民総生産は低額で,医療費に対する出資
が少ない。 医療機関は公的病院が90%を占め,その設備は30年前のも
のと言われているが,最近は両国ともフランスで教育を受けた医師が
近代医療施設を開設している。

 チュニジアでは近代的な療養施設を,モロッコでは心臓専門クリニッ
クを見学したが,いずれも近代的設備を備え,富裕層や外国からの患者
を診療していた。医療費が安価なこれらの発展途上国へ欧米からの治療
ツアーを勧誘している。これらの民間医療機関発展の刺激を受けて,モ
ロッコは最近,王立の近代的病院の建設を急いでいるものの未完成であ
る。

 チュニジアでは,6 校の医科大学で優秀な学生のみを採用し国費で教
育を行っている。モロッコの医師の80%はフランスの大学卒業者である
と言われる。医科大学は 4 校にすぎず,医師が不足しており,看護師お
よび助産師が医師の監督のもとで診療を行っているので,大半の国民は
アラブの伝統医療に依存せざるをえない状態で,最近になって私立の医
療機関で近代的医療が行われている以外,時代遅れの医療が施行されて
いるのが現状である。最近,公的医療機関の改善も行われているようで
あるが,大半の国民はその恩恵に浴していない。

 チュニジアでは古代のカルタゴ民族,モロッコではフェニキア人の子
孫のJabele人が孤立して生活し,古代からの生薬を主とした特有の医療
が施行されているが,残念ながら部外者との接触は許されず,その内容
は現地人にも不明とのことである。

 公的病院と医科大学は首都ラバトとカサブランカおよびタンジールに
のみ存在しているが,1 か月間も続くラマダンの最中で,仕事はほとん
ど休み同様で見学の機会を逸した。


むすび

 今回の医療視察は,統合医療をわが国に樹立させるために新興国で民
族伝統医療が現存していると思われる国々の訪問を行ったが,限られた
生薬医療以外はほとんど絶滅に近く,ホメオパシーや近代的ホリステ
ィック療法が施行されているのみで失望した。

 また,各国政府や医療機関の関係者は民族伝統医療や新興の代替医療
に対しては信ぴょう性がないと態度は冷たかった。しかし,ポーランド
およびウクライナの復興は想像以上であり,医療も1990年代になってか
ら急速に進歩していた。




韓国の最新医療事情

72 2008年 3 月27日Medical Tribune

はじめに

 韓国の医療事情は,最近10年間に国民皆保険制度も整備され,診断治
療面でも目覚ましい進歩が見られる。新興国ではポーランドととも
に,世界保健機関(WHO)の世界各国の医療システム度で29位および35位
を占めている。

 両国ともに第二次大戦時の1945年に日独の支配下から解放されたが,
50年代に北朝鮮およびソ連との戦乱により焦土と化した。韓国では53年
に終結した朝鮮戦争後に民主国家として再建された。両国とも国家機能
は80年後半になり回復を始めたにもかかわらず,本格的な近代医療と医
療保険制度が急速に発展したのは90年代半ばからであった。

 韓国は,1997年に金大中大統領の失政により経済破綻に陥り,IMFの
管理下に置かれた。筆者はその翌年,韓国病院会の招待でDRG包括支
払いについての講演を行った折に,ソウル国立大学およびKorea(高麗)
大学の付属病院を見学視察しているが,今回は保健福祉省,私立の
Samsung(三星)メディカルセンター,韓医大学の視察報告をする。



韓国の保険制度

 韓国はポーランドとともに最近10年間は国民総生産の伸び率は7 %前
後であり,日米が 3 %前後にとどまっているのに比べれば経済発展は著
しい。両国ともに国民皆保険制度を確立することが可能となり,自己負
担額も2 割以内にとどめ,政府負担は保険料の60%である。
 韓国の保険制度は1977年に導入された。医療保険は85年になって開始され,
国民の30%が加入したが,現在では96.4%が国民保険や企業保険に加入している
。医療費の助成を受ける人は0 . 4 % にすぎず,日本の 1 %よりも低いという。

 両国ともに国民医療費の国民総生産に対する割合は現在 6 %であるが, 1 人
当たりの医療費も韓国は1,000米ドル,ポーランドは650米ドルと新興国中で
は最高で,国民医療満足度は日米よりはるかに高い。
 国民 1 人当たりの収入は韓国が 2 万4,000米ドル,ポーランドはその
半分の1 万1 , 5 0 0 米ドルで,米国の 4 万3,500米ドル,日本の 3 万
2,000米ドルに比べると低いが,貧困率はポーランドは1 7%,韓国は12%
前後である。失業率はポーランドは15%と高いが,韓国は 4 %で日米に
比較して貧富の差がはるかに少ない。

 しかし,韓国,ポーランドともに一般国民の間では固有の民間医療が
盛んで,政府および公私機関も援助を行っており,国民皆保険の保険制
度の確立とともに国民の健康維持におおいに貢献している。平均寿命は
韓国は77.23歳,ポーランドは75.07歳で米国の77.85歳に近く,また乳児
死亡率も韓国は6.05,ポーランドは7.27で米国の6.03に匹敵している。
 日本の平均寿命は82歳,乳児死亡率は3.6で世界第 1 位で,医療システ
ム度も第 1 位であり,米国の15位よりはるかに勝っている。日本の国民
皆保険制度は世界で最も優れていることは言うまでもない(表 1)。

〈表1〉 韓国・ポーランド・日本・米国の医療比較(廣瀬輝夫作成)


韓国の私立大学病院 

 Sungkyunkwan(成均館)医科大学付属病院のSamsung(三星)メディカ
ルセンターは12年前にソウル市内に創設され,現在1,200床の近代的大
病院である。
来年には2,000床に増床するが,従業医師は800人,看護師は1,500人,
全従業員4,000人であり,外来患者は 1 日3,500人で年間120万人が最新
設備による医療を受けている。

 同センターは,がんセンター,脳卒中センター,アレルギーセンタ
ー,心臓血管病センター,消化器センター,長期ケアセンターおよび科
目別の特殊クリニックを含めて40の部門に分かれているが,心臓病セン
ターには医師7 人が働いている。センター長のPyo-Won Park胸部外科教
授が他の教授陣とともに院内を案内してくれたが(写真),最新の設備を
備え心臓血管病に対する最新の医療知識を持ち,先端医療の急性心筋梗
塞に対する抗血栓治療も施行していた。開心術の死亡率は 2 %以下であ
った。

 現在,韓国では30の心臓病センタ ーがあり,年間約5,000例の冠動脈
バイパス手術(CABG)が施行されている。
人口との割合では日本よりも多く,経皮的冠動脈形成術(PTCA)における
ステント挿入例は約半数で,日本と同率とのことである。

 胸部および消化器病手術も内視鏡手術が盛んで,他の先進国のレベル
に匹敵していた。


韓国の近代西洋医療の現状

 韓国の病院数は1,500で病床数は30万床と,人口の割合からはほぼ米国
と同様である。日本の9,000病院,125万床は経済協力開発機構(OECD)
の先進国中最も多く,その削減が必要である。医師数は 9 万2,000人であ
るが,そのほかに韓医が 1 万2,000人おり診療に従事している。看護師は
24万人で日本の90万人と比較して手薄であり,歯科医は 2 万3,000人で日
本の 8 万人,薬剤師は 5 万3,000人で日本の16万人に比べ少ない。

 しかし,入院日数は10日で,日本の22.2日と比較して半分である。ま
た,年間の外来受診回数は国民 1 人当たり9.5回で,日本の16.0回の半分
にすぎないが,米国の5.8回と比較すれば 2 倍近い。

 韓国の教育は 6・3・3 制で,大学は 4 年制であるが,医科大学は日本
と同様6 年制で,インターンおよびレジデント制度を実施している。医
学校数は30校,年間卒業生は2,400人,日本は80校,8,000人であるので
医師教育は充実している。女性医師の数は日本の16%と比較して現在は
少ないが,医学校入学者は35%となり日本と同様となっている。

 また,高齢化率はいまだに9.6%で,世界最高の日本の18%の半分で
あるため,長期ケア施設に関しては民間の高級な老健施設のみで,現
在,その建設が計画中である。

 出生率は9.93で日本の9.37と同様に低いが,ポーランドと同様に人口
はほとんど増加が見られない。そのため,人口の高齢化が急速に進むと
予想されることから,来年から介護士の養成を始めると保健福祉省の技
官が説明してくれた。保健福祉省はソウル市では拡張が不可能となった
ので,郊外の広大な敷地に11の省庁とともに数年前に庁舎が新設され
た。広大な駐車場を備え,それらを訪問するに際しては厳重な審査のう
え許可証を発行していた。


韓医および付属病院

 韓医大学は現在11校である。そのうち 3 校は韓医学のみの専門校であ
るが,8 校は西洋医療の教育を施行している。大学卒業生は年間800人
以上おり, 1 万2,000人の韓医が100の病院と7,000の韓医院で診療を
行っている。
 慶煕大学校韓医科大学はソウル市の中心部にあり,1971年に内科,小
児科,鍼灸科の付属病院が100床で開院し,72年には鍼麻酔による虫垂
切除術に成功したので有名である。88年には新館が完成し,420床の大
病院となっている。年間40万人の外来患者と12万人の入院患者を治療し
ている。専門医師は約50人,研修医約90人,看護師約70人,その他の医
療従業者400人が診療に従事している。
韓医科大学学長のYoung-Suk Kim(金永錫)博士と副学長のChang-Hyun
Jeong(丁彰弦)教授が大学内を案内してくれた後に 3 階の図書室を訪れた
が,授業時間外というのに学生で満室なのには感心した。また, 4 階の
韓医学博物館では古書および中世期からの韓医の使用した医療器具が所
狭しと陳列されていた。14世紀に中国医学から韓医学を創設した李済馬
先生の肖像画と,韓医学の基礎である四象体質についての古書を特別に
拝見し,その解説パンフレットをいただいた。

 四象体質は中医学とは異なりインドのアーユルヴェーダの三体質説に
近いが,実質的であり理にかなっていると思われるので一部(表 2)を紹
介する。医食同源と言われるように,食物が疾病の予防と治療の面で
薬物に劣らない役割を持っていることも述べられ,内臓の特性や体質の
違いを考慮し薬物はもちろん食物もそれぞれの体質に適合したものを摂
取することを勧めている。

 日本の漢方は14世紀に韓医により伝来されたものであるとの証拠も示
されたが,漢方薬の大半は韓国から伝来したものであることを副学長が
古書から学び,数冊の事典を作成されていた。韓国の生薬で最も尊重さ
れているのは朝鮮人参,にんにく,生姜などである。鍼も韓国の古来の
ものは太めであるが,日本の鍼は最小に改良され挿入の方法も技術上優
れている。灸は日本と同様に現在では余り普及していないようである。
 いずれにせよ,日本の漢方は明治時代に近代西洋医療の導入により軽
視されてきたが,韓国では韓医学は現在でも尊重され統合医療として普
及し,日常の診療に使用されている。今後,日本の統合医療の確立に
は東洋で最も洗練されている漢方を取り入れる必要性があると思われ
る。

むすび

 韓国の医療制度も近代西洋医療も,筆者が10年前に訪問したときよ
り急速な進歩が見られる。当時,病院包括支払いとして韓国人統計学者
が米国のエール大学で作成したDRG支払いの導入を虫垂切除術,胆 切
除術,正常分娩,帝王切開,単純骨折治療など10種類に制限するように
勧告していた。現在でも包括支払いはそのまま10種類にとどめており,
他はすべて出来高払いで先端医療の診療には適用していないのは,高額
な先端医療の導入を阻害しない点では賢明な策である。

 韓国の近代西洋医療は,いずれの先進国にも劣らないうえ,古来から
の韓医学を活用している点も日本より優れていると考える。


学も統合した韓国の最新医療事情

前列中央がSungkyunkwan医科大学付属病院・Samsungメディカル
センターのPyo-Won Park胸部外科教授,その右が筆者
さらに見る
健康生活センターイニシアチブの一Lancet 2000; 355: 253-259)では,心


南米諸国の医療事情 2008年6 月10 日

はじめに

 南米諸国は最近十数年間は政情が安定し民主主義が確立されたの
で,ここ数年間の経済成長が目覚ましい。医療事情も好転し都市部では
近代的医療設備も充実し始めているが,原住民族の多い農村や漁村では
いまだに近代医療の恩恵を受けていない地区が多い。今回の医療視察で
は近代医療施設や医療制度とともに原住民に対する医療施行状態を調査
したので報告する(表1)。〈表1〉 南米諸国と日本の医療比較


アルゼンチンの医療事情

 アルゼンチンはスペインの植民地支配から他の南米諸国とともに19世
紀の初めに独立したが,その後軍事政権および独裁政治が20世紀半ばま
で行われ,近代的医療の導入は遅々として進まなかった。しかし,公的
近代医療機関はペロン大統領の統治下で既に設立はされていたが,私的
医療施設は自由経済が導入された十数年前から徐々に樹立され,現在で
は約5,300病院となり医療機関の66%を占め,公的医療機関に比較して先
端医療の点ではるかに進んでいる。

 厚生福祉省のJ. Nadalich次官の説明によると,国民1人当たりの医療
費は1,600米ドルで日本の5分の1にすぎない。しかし,現在医師数は17
万人で国民10万人に対して370人の割合なので医師は過剰であり,医科
大学数も17校あり年間4,000人が卒業するため就職難に陥っている一方,
看護師数は16万人で不足しているという。

 国民1人当たりの月収は400米ドルにすぎず,公的病院勤務の医師の
収入はその3倍であるが,生活が困難なので私的病院で時間外に勤務し
ているという。現在の人口の25%,約1,000万人が無保険であり,その大
半は35万人の原住民,失業者とその家族および300万人の引退者で占め
られている。国民の15%を占める軍人およびその家族に対しては国家が
医療費を負担している。

 国民総生産の9.5%に当たる国民医療費は年間240億米ドルで,の42%
は公的医療に費やされている。私的保険はHMOのみで,医療保険の半
数を占める企業保険は従業員が年収の4%,企業主が給与の7%を負担
している。
 公的医療では医療費の全額が保険から支払われているが,私的医療
機関では診療に際しそのほかに3分の1近い個人負担が必要である。
 ブエノスアイレス市では300万人の住民に対して国立3病院と私立25
病院があるが,そのうちで最も近代医療が進んでいると言われる500床
のFleni病院の心臓血管外科医のC.Nojek院長と200床で6手術室のある
Fabaloro基金病院のA. Bertolotti院長からアルゼンチンの心臓血管外科
の現状を聞いた。現在,開心術は国内では3,500例であり,心移植が20
例,肺移植が80例,肝移植は60例,腎移植が200例で,Fabaloro基金病
院ではその約35%を施行しているとい
う。
 開心術の費用のうち1万6,000米ドルは保険からの支払い,4,000米ドル
は個人負担であり,冠動脈造影術は2,500米ドルは保険支払いで1,200米
ドルは患者負担である。個人病院の医師の月収は8,000米ドルであるので,
経済的には公的病院の医師に比較してはるかに恵まれている。

 原住民や移民の多い田園地区では都市地区と異なった医療が行われ,
原住民の大半は伝統的な民族医療に依存している。ブエノスアイレス市
の北東部から300km離れた,英雄とされている故エバ・ペロン大統領夫
人の出生地である人口1万2,000人のLos Toldos市の特別保護地区にある
原住民の1,865人のうちその半数がMapuche族の村落で診療に従事し
ている30床の病院と1か月250人の診療をしている小診療所を視察し
た。分娩と小手術は同診療所でも可能であるが,大手術は45km先の病
院で施行しているという。

 貧困のため医療施設は貧弱で,救急車を購入してはいるが常備の患者
搬入車がないというので寄付したところ,General Viamonteの知事や役
場職員,新聞記者とA. Colizueo病院長らから盛大な歓迎を受け,昼食の
宴会には原住民の食事でもてなされ恐縮した。

 市の公会堂で病院や診療所の関係者により原住民である
説明会があり,現在も施行されている最も生理的で自然である
という座位分娩や独自の外用および内用生薬の実際の調剤方法
についての情報を得ることができた。

 また,会員200人のアルゼンチン生薬医療協会のJ. Alonso
会長とNeotropico製薬会社創設者のC. Desmarchelier生物工学
博士および民族医療治療士A.Espeche女史からアルゼンチン
における統合医療の現状を紹介され,国民の0.7%,13万人に達
しているHIV感染蔓延予防対策や辺ぴな田園地区の住民は,近
代医療より呪術や祈とうと民族医療の生薬および市販の生薬に
依存しているものが多いことを知った。

 また,近年はアルゼンチンとブラジルにおける欧米製薬会社
や自国の製薬が盛んとなり,薬品の特許権侵害による欧米先進
国との摩擦が起きている。抗生物質,ことにエイズ治療の新薬
に対しては輸出制限付きの国際的妥協案が成立している。両者共著の薬
学的分析をした生薬の著書の贈呈も受けた(表2)。


チリ,パラグアイ,ウルグアイの医療事情

 チリは,南米の東海岸の小国であるが自由経済になってから成長が著
しく,貧困者や失業者も少なく比較的医療も発展してきた。国民1人当
たりの医療費もブラジルやアルゼンチンに劣らず,病院および医師数は
十分であるが看護師は不足している。HIV感染者はこれらの国の半数
の2.6万人で問題は少ないという。平均寿命は77歳で南米では最も長寿で
ある。医科大学は5校あり年間500人が卒業している。

 パラグアイは,南米で最も貧困な国で原住民および困窮者が20%を占
めている。国民1人当たりの医療費は年間120米ドルにすぎず,病院数,
医師数,看護師数も不足している。看護師や助産婦による診療がおもで,
国民の大半は民族医療の生薬や市販の生薬に依存している。HIV感染者の
蔓延度はブラジルに次いで多く1万人を数えている。

 ウルグアイは,南米では最小の国ではあるが経済的には最も豊かで近
代都市が発達し,首都モンテビデオは人口150万人で全人口の半数を占
めている。議事堂はじめ政府官庁,港湾施設および公園は南米では随一
と言われ,住民は9大学を含めて教育は無償で受けられ,医科大学もあ
る。近接のプンタ・デル・エステも欧米の富豪の別荘地や観光客も多い
ために近代医療を行う私的病院が多く,医師数,看護師数も十分である。
しかし,都市部以外の地区では公的医療費は全医療費の20%にすぎない
ため,近代医療の恩恵に浴せない者が多いという。
〈写真1〉 Samaritano病院のスタッフと著者(中央)

ブラジルの医療事情

 ブラジルも19世紀半ばにポルトガル植民地支配から独立したが,その
後に軍事政権から民主共和国になって十数年にすぎない。しかし,軍事
政権のころから医療に力を入れ,公的医療施設や医科大学が設立され
た。私的医療施設は自由経済が発達したごく最近までは建設されなかっ
たので,その数は同国内全体の7,500病院,43万床の20%にすぎない。
 国民1人当たりの医療費は573米ドルであり,公的医療費がその80%を
占めている。診療費支払いの85%は国庫負担,15%は州政府負担で国民
保険制度が実施されていて公的医療では自己負担はない。都市部の一般
市民の間では最近,私的保険のHMOが進出し南米では最も多いといわれる
が,企業保険の数は少ない。

ほとんどの都市周辺部の斜面には60年くらい前からFavelasと呼ばれる貧
困層の住居が建ち始めたが,トタン屋根のバラックであったのが10数年
前からはレンガづくりに変わり,リオデジャネイロでは60万人,サンパ
ウロは120万人,全国で1,850万人で,国民の10%のGuavaniと呼ばれる北
西部から移住してきた先住民族と白人との混血人種が住み,無職の者が
多いので犯罪の巣窟とされ,十分な医療は行われず課題が多い。

 医師数は31万人でその40%は女性医師である。看護師数は66万人で僻
地では医療にも従事しており,助産師の数も多いが乳児死亡率は27.62と
日本の10倍近い。 医科大学は104校で年間卒業生は4.7万人であり,
大半は公的医学校で私的医学校は数校にすぎず,その教育の質は低い
という。公的医学校もリオデジャネイロおよびサンパウロにある数校
以外は他の先進国に比較して劣っているとのことである。

 HIV感染者数は国民の0.7%,66万人で南米では最も多いが,政府が力
を入れ感染予防の教育とAIDS治療薬の無料配布でその蔓延阻止に成功
したので,AIDSの蔓延がさらに激しい南アフリカ諸国の模範とされて
いる。

 数少ない私的病院施設は公的病院よりも充実しており,先端医療が
行われているのでリオデジャネイロ市内のSamaritano病院(120床)を訪
問し(写真1),J.Filho心臓内科部長
や国立心臓研究所のR.Xasvier所長から心臓血管病治療の現状を聞いた。
 Samaritano病院は1949年に設立され,80人の医師が勤務しており,
数年前に近代的心臓診断設備のカテーテル室,MRI,CTも2台ずつ備
え,CCUを完備し急性冠疾患の治療も可能で,心臓血管外科でも先端的
治療を施行している。国内の年間の心臓カテーテル(Angiogram)は3万
5,000例, 冠動脈バイパス手術(CABG)は6,000例,経皮的冠動脈イ
ンターベンション(PCI)は4万5,000例であるが,臓器移植手術は行われ
ていない。冠動脈バイパス手術の費用は5,000米ドルでアルゼンチンの4
分の1である。

 ブラジルでも生薬医療に対する一般市民の関心が高いので,市の中央
市場では生薬およびその製品の販売店が数軒あり,またリオデジャネイ
ロ植物園の医療植物研究所では生薬医療の指導も行われている。研究所
長のY. Lucia教授から生薬についてスライドで詳細な説明があり,
Erva,Balleria(鎮痛薬),Saiao(強心薬),Jambu(喘息治療薬),Ginger(
鎮静薬),Caroueja(消化薬),Aluma(頭痛薬),Guarana(胃腸薬),
Andirom(a 蚊除け薬),Ob(i 覚醒剤)が一般に広く使用されているとのこ
とである。


アマゾン地区の医療事情

 アマゾン地区の大半はブラジル領である。アマゾン河の源泉はアンデ
ス山脈から発しており,ペルーおよびエクアドルからブラジルを経て大
西洋に注いでいる。全域が熱帯森林地区であり熱帯雨林が地球の20%の
酸素と清水を供給しているが,最近の地球温暖化と森林破壊によりさら
にその減少の危険にさらされている。

 現在1万5,000種の植物と7,000種の樹木,3,000種の果物が繁殖して
いる。全世界の80%の植物と果物はアマゾン地区から産出されている。
同河には3,000種類以上の魚類も生息しており,原住民は漁業と水牛の
牧畜をしManausの市場に出荷して生計を立てている。また,3,000種の
生薬を使用していたというが現在知られているのは1,500種類であり,こ
れまでに熱帯雨林の1%の成分が分析されているにすぎないという。

 処方薬のうちで121種は生薬に基づいているものであるが,その80%
はアマゾン地区から採取されたものである。そのため現在メルク,ファ
イザーをはじめ約100の各国の製薬会社とブラジル政府の大学研究機関
からも生物工学者,遺伝子工学者や薬物学者らの研究員が派遣されて生
薬の薬物学的研究に従事している。

サンパウロ国立大学のA. Lapa薬学部教授とアマゾン教育大学のS.
Zonotto教授にアマゾン地区の生薬医療とブラジルの製薬事情の説明を
受けた折,原住民と文明人に対しては医療の施行が相違している点の指
摘があり,今後の統合医療の在り方について参考になった。

 この地区にはポルトガルが支配するまでは450万の原住民が5種類の
言語を使い生活していたが,現在では原住民が34万人となり,Dessana,
Tikuna,Tutuiaの3種族が残存しているのみである。

 Manausu市からアマゾンのRioNeguro(黒い河)をスピードボートで
2時間かけ,Dessana地区に向かった。同地区のCabocloインディアンと
呼ばれるDessana族が居住している小村落House Malocas島を訪問し,
Paje(Medicine man)と呼ばれるRaimundo酋長(写真2)から生薬の
Coke(覚醒剤),Calerana(肝臓薬,抗リウマチ薬),Curar(i 抗蛇毒),
コパコパ(胃腸薬,外傷薬)など18種類を栽培している庭を案内され,疾病
のための呪術舞踏,豊漁踊りなど多くを供覧した。残念なことに,訪問
目的であった診療所の看護師が不在となり閉鎖されていた。

 さらに上流のCambebas Comminityでは1か月に一度医師が各島を巡
回して診療をする病院船がちょうど停泊していた。島の州政府により建
てられた小規模な診療所では看護師が常駐し診療していたが薬局,診療室,
歯科治療室もあり,ワクチン予防接種のパンフレットが備えられていた
(写真3 )。
 Manaus市はアマゾン河にある最大の都市で,1970年には14万人しか在住して
いなかったが,南北幹線道路が完成後の最近20年間で8倍に増加し現在は
200万人が居住している。国内では最も豪華であると自慢のオペラハウスが
あり,文化的にも地方としては進んでいる。また医科大学が3校もあり
4,000人の学生街でもある。アマゾン地区には8,000人の医師が40の州立
および1連邦大学病院で合計2,000床の病院が勤務している。
しかし,交通が発達したため北東地区には木材業と牧場が開拓され,
熱帯雨林の伐採でその3分の1が喪失し地球温暖化の原因の1つと
なっている。

 Manaus市の波止場に接近した市場には,近辺の地域から原住民が主
食としている芋のPiracuiから製粉したものや穀物,野菜,果物および豊
富な魚類とともに生薬を販売している店が数軒あり,生薬からの製薬品
店の店主のNinaさんから市販のMukurac(a 頭痛薬),Alecr(i 眩暈
薬),Denteda(l 止血薬),Copaiba(消炎薬),Gergelim(降血圧薬),
Gato(胃炎治療薬),Sara Tudo(消炎薬),Chichua(強精薬),Saiao(胃
潰瘍治療薬),Basorina(血行促進薬),Boldo(疣治療薬)など説明を受
けた

(写真4)。〈写真4〉 生薬製品

 また隣の生薬店主,Mariaさんが前ページから続く採集地区


〈表2〉 南米の主要生薬(25種)
〈写真2〉 Paje(Medicine man)と呼ばれるRaimundo酋長
〈写真3〉 診療所内の 薬局

製品外の生薬としてRinchao(胆石治療薬),Pedra Ume Kaa(血糖低下薬),
Carrapicho Da Praia(肝炎治療薬),Marcera(消化薬/抗痙攣剤),
Cama Do Brejo(咬蛇治療薬),Guaco(咬蛇治療薬),Acacu(抗がん薬),
Urtiga Roxa(抗貧血薬),Leite DoAmapa(利尿薬),Cipo Miraruira
(糖尿病治療薬)などを教示してくれたが,これらの薬効作用は疑わしい
ものも多いと思う。

 Manaus市内の35年前に設立された国立熱帯病研究病院ではマラリヤ,
シャガス病,デング熱などの研究が盛んで,各国からの研修生が熱帯病に
対する実地研究に従事している。

一方,この地区でもHIV感染者が多く,付属病院の患者の3分の2はエイズ
専門の検査および診療機関が設けられていた。F. deSantana Filho研究所長
の話によると,病院および研究所が古くなったので現在新しい研究所や病棟
が増築されており,遺伝子工学による研究や最新式の電子顕微鏡によるウイ
ルスの研究の準備を進めており,将来は各国から熱帯病の研究者が実地研究
ができるようになるとのことだった。

(写真5)。〈写真5〉 Filho研究所長と研究生たち


おわりに

 南米の医療はパラグアイを除き,南半球ではオーストラリア大陸に次
いで進んでおり,アフリカ諸国とは比較にならない。しかし,インカ,マ
プーチ,Cabocloインディアンなどの原住民(Indigent)や困窮者は近
代医療の恩恵にはあずからず,アフリカのマサイ族,オーストラリアの
アボリジニ,アジアのチベット族,モンゴル族,北アメリカのインディア
ンなどとともに固有の民族伝統医療に依存しており,またマラリア,デ
ング熱の感染やAIDSおよび結核の蔓延も著しいので,これらへの対策
は実態に即した近代医療からの援助が必要である。