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今、問われる日本革命 ―教育の視点からー

大脇:今から14年前、1987年、鈴木教授等と小生が関わった政策研究グループの教育政策に関する提言の1部分をご紹介する。
 変革すべき面:社会の諸変化、@国際化、A教育の大衆化、B女性の社会進出、C情報化社会の到来
 不変であるべき面:人間の心のあり方、道徳教育

@国際化;コミュニケーション教育、英語教育改革(聞く、話す重点、読み、書き)
A94%が高校進学、35%が大学進学、教育の個性化、多様化を認め、悪平等主義を改めるべき。但し、自由化すべき側面と教科書検定のごとく、監督すべき側面もある。
B臨教審では、家庭教育の重要性が指摘されているが、他方には女性の社会進出という社会的潮流がある。両者の両立を如何に図るか、家庭教育充実の為に、企業の育児休暇制度の前向きな対応が望まれる。
C臨教審を第三の教育改革と呼ぶには、戦後教育の原点である教育基本法の見直しや21世紀に向けて国民に明確なビジョンを示すマスタープランを提示していない。
文教政策の課題:教育における生態系(家庭・社会・自然環境を結び付ける一貫した価値・倫理体系)を回復すべき、教育の機会均等と能力主義の矛盾した理念をも直し、学制を多様化すべき。

鈴木;臨教審は中曽根さんがはじめた。本当のブレーンは大山健一さんであった。しかし内閣直属で、事務局が文部省で、この時点で駄目だと思った。また大蔵から「6・3制はいじるな」ということを聞いて、何のための改革かと思った。これが最後の教育改革だった。しかし本気でやる決意がなく、作文で終わった。昭和46年、大学紛争直後、教育改革熱が高まって、やれると思ったが、数年で変わった。本当の改革はGHQがやっただけ。権力があったからやれた。占領終了後、昭和30年代初めからやろうとした。政党や大臣がやろうとしたが、その後は駄目。臨教審に最後の期待をしたが、惨憺たるもの。この10年を見ても、教育だけの問題ではなく、日本がバラバラになっている。日本の国自体の問題。

 教育というとどうしてもおおざっぱな議論になる。今日は大学改革に絞りたい。その中にもいろいろあるが、あえて大学に関していえば、大学は日本の社会でどんな役割を果たしており、また果たすべきなのかということについてどれだけはっきりしているのか。私は昭和48年にできた筑波大学の創立に関わった。今は出来は60点位、理想は80点ぐらいあったかも知れない。その通り実現しない問題は、日本の文化そのもの。日本の文化そのものから考え直すべき。

 残念ながら明治以来、今日に至るまで、他国に追いつくための教育をしてきた。知的なものを輸出することがなく、あくまでも他国から取り入れた。実用化する能力では大したもの。それは古代からある。古代からある仏様や、奈良の仏像など700年前のものなど、同じものが朝鮮にもある。やっぱり日本のものが良い。日本のものの方がはるかに表情が豊かでデリケートにできている。日本に持ってきたら、日本的に良くするというところがある。

 明治以降、化学でこれをやった。戦後、昭和26年ぐらいから立ち直り、外国の知識を導入してきた。ひとつが化学工業。戦前の化学工業の中心はアンモニアから肥料を作っていた。旭化成は、典型的な肥料会社から始まった会社。これが一つで、二つ目は石炭、これからコークスができる。コークスからコールタールができる。コールタールから化学のいろんなものができる。三井、三池は炭坑が化学工業と結びついた例。三つ目が水力発電で、当時大都市までの送電線の能力が足りなくて電気が余っていた。それを使おうというので、化学工業が興った。そのための中身、技術は全部、外国から持ってきた。自国のものはない。その技術には特許があるから、金もかかる。そうやって作ったものがナイロンやテトロンといった化学繊維だった。

 特許には、理論特許と製造特許がある。二つ合わせて外国への支払は利益の一割ほどであるが、当時化学工業の会社が102社で利益300億近くあったので、30億の特許料を払っていたことになる。それでも儲かっていた。

 半導体でこれと同じことをやった。半導体にも理論特許と製造特許があるが、理論特許はアメリカから買う。製造特許は買う会社と買わない会社があった。理論特許は2.5%、製造特許は4.5%。NECが製造特許を独占的に取った。それで他社はNECに金を払わなければならなかった。他社は外国に払うのならまだしも、NECに払わなければならないのでいまいましかった。特許を買わなければ、試行錯誤をして研究開発にお金がかかるし、時間もかかる。その間に追い越されてしまう。その判断に迷った。

 買っても良いというのはNEC。日立は技術屋集団、抵抗して、自分のところで製造技術をやった。東芝は真空管をやっていたので、半導体をやるのが遅れたが、自分たちでやろうとなった。ソニーは小さな会社であったが、理論特許にはしようがないから払うが、お金がないから製造特許に払う金がない。それで苦心して製造は自分たちでやって、これは早かった。製造技術で他社より数歩先を行って利益を独占した。作ったものが次々にラジオからテレビ、カラーテレビ、集積回路と技術が応用された。その中で世界的技術ができあがったが、もとの理論特許はアメリカのもの。その体質は未だに続いている。その限り、日本はいつも2番バッター。いずれ3番バッターが追いついてくる。一番はアイディアだから簡単には追いつけないが、2番以下は作り方だから、台湾や韓国などに追いつかれる。

 いままでのように外国から取り入れて日本化する。それで良いのか。取り入れる方の中心になっていたのが戦前の理工系の大学教育。外国を紹介するところだった。明治時代の東大の工学部の先生は、お役人になっていた。今でいえば通産省。昔の専門学校が現場で物を作る技術者を育てていた。そのほか大部分は財閥系の会社に入って、外国の製造技術でやった。

 半導体を日本で作るには、湿気の問題があった。外国の製造技術をそのまま日本に持ってきても難しかった。それをやり遂げたのは、町工場の熟練技術だった。町工場の熟練技術が日本の最先端の科学技術の一番底を支えている。

 再び大学の役割に話を戻す。日本とアメリカで一番違いがあるのがマスターコース。マスターコースというのは本当の意味の職業人を作ろうというもの。アメリカで産業界が発展したのは、マスターコースの人材が厚かった。それが日本ではなかった。筑波ではマスター2年、ドクター3年と別々に、並列型にあった。なのにマスターを終えるとドクターに行く。学生も先生もマスターが下でドクターが上だと思っている。

 アメリカには金融工学というのがあるが、日本にはいまだにない。ではアメリカのまねをするのか。そうではない、あまりにも違いすぎる。学ぶべきことはある。主体的に日本の大学をどうするのか。小、中ぐらいまでは日本の方が良いかも知れない。ところが高校、大学と行くにつれ大変な差が出てくる。大学人が本気にならなければならない。それと産業界が突っつく必要がある。文部省の大学政策は、クエスチョンマーク。質の悪い学生をどんどん作っている。100人のうち60人が大学卒。知識と能力を持ったしっかりとした人物が出ているのか。60人のうち大部分が私立大学。私立大学は大変なお金がかかる。みんな国民の負担になっている。とことんまで落ちないと目が覚めない。大学の淘汰は始まった。国立の独立法人化は唄い文句だけ。身分、年俸を保証されが独立法人か?

大脇;GHQの後遺症、戦後の克服が必要。日本人の民族の原点をどこにおくのか。アメリカは日本人魂が怖かった。特攻隊命知らず。日本人の価値観を根絶しようとして教育勅語も廃止した。

 大学は社交の場になっている。企業は大学に期待はしない。アメリカの大学、大学院が中心。教育への危機感から筑波大学ができたが、それでも60点、一時期80点とのこと。危機感がない。何から日本を考えるか。大学の教育目標を日本から世界へ転換する。ボランティア期間を大学こそ導入すべき。

伊地知;全体的堀スティックな変革が必要。ITの立場、科学技術の面から大学教育を検討している。世界的にベンチャーが活性化しているところでは大学が非常に良い。これと産業界が密接に連携している。科学技術というけれど、サイエンスアンド テクノロジー、科学と技術は一緒ではない。科学は真理探究をするもの。

ビットバレー、渋谷、玄関口をいかに見せるかに集中。そんな簡単なソフトは中国、インドにまかせる。ナノテクノロジー、量子デバイスこれをやる。100分の1のコストのところと競争できない。そこから大学を考える。いかに大きなポテンシャルを持って、いかに大きな社員を抱えるか、これが会社の信頼性の象徴だった。無駄が多い。これからは消費者が中心となって消費者に利益を還元すべき。アメリカではベンチャーキャピタリストは殆ど技術者出身。日本はそうでない。

中野;国連の仕事でリベリアの奥地に2年間いた。アフリカの子供達に算数や国語を教えると、目を輝かせて好奇心がすごい。12掛け12の九九など短期間で覚えてしまう。アフリカの奥地で英語フランス語を話している。飢えることが必要。日本ではいい学校に入るための押し付け。。東洋的な直感力など子供の時に身につけるべき。西洋に勝とうとすれば、東洋的な直感力を大切にしたい。

ボランティア精神、外国は徴兵制もある。日本はパブリックが欠けている。坂本龍馬は脱藩の人間を集めた。同じ志の人間が集まった。NGOのはしり。だが利益を追求した。日本のNGOはそれが足りない。問題は利益をいかに還元するかが大切。教育も人類世界連邦の構想を持てるような人材を育てる。

鈴木;夏、親子キャンプをやっている。今、3年目で8カ所でやっている。自然の中で多くのものを学ぶ。子供に自然に触れさるその場を与える。キャンプをすると、普通分からないお互いの親子関係が見える。他の家庭環境を見ながら、自分の家庭が反省したり学んだりしている。子供は小学4年までは素晴らしい。好奇心旺盛、素直。それから急速にしぼんでいく。学校の先生だけの問題ではなく、日本社会のトータルの問題。受験、社会の仕組み。好奇心ある素直な子供がしぼんでいく。

中川;小野田さんとお付き合いしている。30年ルバングにいた。福島県で青少年教育キャンプをやっている。今の子供は火を燃やすことができない、鉛筆も削れない。生きる力がない。キャンプでは水洗トイレがないから便秘になる。日本は相当問題。綱にぶら下がれない、腕力がない。自然と引き離されている。

先日、東大ノーベル賞100周年記念での野依さんの話;野山、川、自然と接し遊んでいた。柔道部やったりのびのびとしていた。日本は、鍵っ子、問題。小さいときに鍛える環境必要。感性が重要。理論的研究だけでは駄目、間違ったことやってても、ひらめきでものにする。

 学生を見ると母親が分かる。母親がしっかりしていると子供よい。小学校の教育が大切。鹿児島では昔、郷中教育というのがあった。肝試し、土手で大声で叫ぶ。西郷隆盛が教育し、武士に農業させた。明治維新の時、人材輩出。ラサールは詰め込み教育で駄目。余裕のないのはよくない。今の日本駄目。政治、経済、金融も駄目だが、国の根本である教育どうしようもない。今650の大学ある。90年代に166校作った。文部省に問題がある。今、大学はどんどんつぶれている。

鈴木;80年代で日本の指導者の世代が変わった。中曽根、土光さんが第一線を引いた。それからひどい、ここがターニングポイント。

中川;母親の教育が必要。父親より母親の影響が大きい。大学で女子学生がしゃべっているので注意した。出ていけ、お前の母親の教育が悪いと言った。するとその母親から学長宛にクレームが来た。大学院の願書を母親が書いている。見合いの時の履歴書を父親が書いている。あまりにも甘やかし。女が元気で、男はモヤシ。

大脇;創造性教育には音楽、芸術が必要。日本は明治以来、富国強兵、これが挫折し、戦後の経済復興、これを達成した後、その富を何に使うか、今、国家の目標がなくなっている。

鈴木;日本は、豊かになっていると錯覚している。アメリカの場合、信用がある。日本は、信用がない。哲学者ホワイトヘッド、ノーベル賞学者、どうして出るか研究。人間にはエイジオブロマンスの時期がある、創造性豊かな時期。5歳?10歳に感性的なものを体験していることが、その後のクリエイティブ発想につながるという。その後のエイジオブプレシッジョン(高校時代)、精密にものを考えることにつながる。

大脇;井深さんもそいう点で幼児教育に力をいれた。

中川;利根川さんの息子はアメリカの高校に行ったが、そこで日本の学校とアメリカの学校の違いをレポートした。日本の学校は嫌だそうだ。知識を詰め込むばかり。例えば、奴隷制ということに関して、日本では年数の暗記をさせるが、アメリカでは、なぜ奴隷制が廃止になったのかというということについて考えさせる。米国では、Howよりは、Whyを教える。日本の大学では優秀な教え子を自分のもとに残す徒弟制のようなもので、学問の幅が狭くなる。アメリカ、ヨーロッパでは他の先生へ出す。偏らない。日本の場合、創造性が伸びない。

市川;気づかせる教育、考えさせる教育、感じとる教育。どうしたらそういう母親を変えるか。どのようにして直感力といったものを育てるか。

鈴木;母親はパートに出て、家庭教師を雇っている、おかしい。最大の家庭教師はおかあさん。子供を育てるのは母親の喜びである。人間、子供を育てるということは、生物的なもの。母親との関係の中の愛は、教育の一番の原理。母親に代わるべき人はいない。

市川;長野県小諸市、交通事故が多発、事件が増えた。隣に八千穂村があり、文化度高い。小諸から八千穂村へ越してきた。おじいちゃんおばあちゃんと花植えたり、缶拾いをしている。町のカルチャー、町風というものがある。私達が子育ての理念を伝えていない。

中川;3歳まで母親に甘えられなかった子供は、問題になる。3歳まで甘えさせる。

市川;貧乏しても自分の子供の心を作っていくというところに価値を置かずに、家を持つこととかテレビをもうひとつ持つというようなところに気持ちが行ってしまってるのではないか。価値のシフトが必要。

鈴木;結論は、日本は自然であるということ。自然と共生の中で、自然に学び、自然に従い、自然の中から人間が創られてきている。自然が神、自然が仏。これは間違いない。キリスト教と儒教とは違う。その自然を駄目にしたら、日本人の心は駄目になる。

市川;西洋的、分析解析するような思想に侵されきた。主体と客体を別々に立てて捉えることから、相手が痛めば自分も痛むというように、自他一体として捉える東洋思想に戻す必要がある。私は密教をやってるが、ために尽くすという思想も客体と主体を区別している。そうしないと、戦争も無くならないし、直感力とか、自然との対話もできない。

鈴木;日本はそれしかない。自然の中で心清くなる。本居宣長の言ったとおり、「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山さくら花」これだ。

中野;西洋思想の典型は、ブッシュが言った悪の枢軸という言葉。これに対して東洋は、平和の枢軸。これが我々の役割。アメリカのいないところを日本が埋めてくれ、これがアメリカのメッセージ。悪の枢軸(イラン、イラク、北朝鮮)に対し、平和の枢軸(北東アジア)を提唱。インフラ整備、国境を越えて、軍事ではなく経済協力中心の、市民、国民が入って行ける安全保障。

;韓国;北に対し、太陽政策5年やってきた。米、お金、牛をあげてきた。北を訪問する人は多額のお金を置いてきた。日本も相当のお金、米をやった。クリントンは核拡散の問題で譲歩した。それを我々が考えた通り使っているか。国民を飢えさせ、援助されたものを中国に売り、現金化して武器を買っている。援助したら軍備が増強されていることをアメリカが偵察機で調べた。我々は援助すればこうなるだろうと、我々の考えでやるが、北はイデオロギーで生きている国家である。援助すればその分、脅威となって返ってくる。

 ブッシュは甘えさせてはいけない。軽水炉やめる。オイルやめる、強く言っている。北へは強い人が必要。言わないと、全部、首領の力で世界から貢ぎをさせたと、首領という人を強くさせた。金日成が死んだときには、北はフラフラしていた。今は首領がよくやっているからだと英雄化している。太陽政策は相手に感謝されない、相手を強くして逆に脅威になっている。金大中大統領は、太陽政策を止めるべき。何にもならない。日本もそろそろ強く出ている。経済援助だけが平和ではない。強く言って圧力をかける必要。北は自分が非常によくやっていると思っている。日韓米が一緒にやることが重要。北は中国のようになればよい。学生の交流もやればよい。

中野;南アフリカに2年いた。それはちょうどアパルトヘイトをやめる時であった。白人は黒人の教育水準が低いから隔離すると言う。黒人は教育を受けたいという。それで、企業の利益を教育に投資して、アパルトヘイトが終わった。北2200万人の庶民のためにできる方法を考える必要。北の国連担当官に会ったことがある。CNNもNHKも見ていて、すべての情報がインプットされ、英語も完璧、優れた外交官。しかし庶民がどう考えているのか。

;クリントン、北のカーテンを少し開けて風を入れようとした。いろいろやった最後の手段として、太陽政策をやってみた。変わることを前提にしてやったが、北はなかなかできない。太陽政策だけではできないというのが今の考え。金大中は世界ではノーベル平和賞で英雄視、韓国ではぼろ雑巾。世界は第3者的立場。韓国では太陽政策は人気がない。太陽政策は失敗した。ブッシュが強く出たら北は、怖がる様子を見せた。

新谷;日本国民は北に関する政治の実体をあまり知らない。国家の目標、中身を示されないことに危機感を感じる。大学改革が一番早い改革方法。なぜ日本の母親が子供に対して、自分の思っていることを伝えられなくなっているのか。共働き、子供の学費を作らなくてはいけない。まともな学校にやろうとすると、公立より私立は高い。年間百数十万円かかる。親は、子供に自分以上を期待し過ぎる。大学入試を考えるべきとき。

鈴木;中学私立140万、公立40万。高校私立120万、公立60万。大学私立100万、公立40万円。

川;今や、過去を分析する時代ではなく、すぐにでも働きかけ、アクションを起こす時代である。

大脇;アインシュタインの言葉。「欧米の教育は個人の生存競争に勝つためのもので、極端な個人主義となり、働く目的は金儲けと享楽の追及のみとなった。家族の絆はゆるみ、芸術や道徳は生活から離れ、激しい生存競争によって共存への安らぎは奪われ、唯物主義の考えが支配的となり、人々の心を孤独にしている。世界の文化はアジアに始まりアジアに帰るというが、その高峰は日本を措いて他にない。われわれは日本人という尊い精神を持つ民族と、家族という尊い制度を創り残してくれたことを神に感謝する」

 アカデミー創立趣旨文。「シュペングラーが西洋文明の没落を予言し、警告して半世紀近くなるが、それは今や現実となった。しかし皮肉でもあり、悲劇的でもあるのは、没落の頂点に立ちその持っても深刻な影響を受けているのが西洋自体ではなく、極東にある我が日本であるということである。その根本原因は日本が西洋文明の吸収に急がし過ぎるあまり、東洋の伝統的精神を忘れると共に、西洋文明の基盤になっている西洋精神の心髄に触れることを怠ったからである。したがってわれわれは現下文明危機の頂点に立てられていることになっているが、これは確かに皮肉であり悲劇的である。しかし他面から見れば、それ故にこそわれわれは危機克服の責任を与えられ、偉大な使命を与えられていると考えられるのではあるまいか」

 これは20数年前の問題意識なのだが、今や、大衆的に誰でも実感する時代になっている。

中野M(女性);コロンビア大大学院での専攻は平和教育。クリエイティビティ、感性が大切と考えてきた。外国で発言をためらう自分、人の意見を鵜呑みにする自分、ユニークな発言をできない自分を見て、日本の教育の"賜物"ということを感じた。GHQの政策に加えて、ソ連からの影響が大きい。1956年以来マカレンコから学んで日教組の大貫忠治が広めた。小学、中学と班中心の教育。先生は班長にしか関与しない。これが影響している。しかし、良い面もあった。教員、熱血漢の先生が多かった。日教組が影響を失ってくるにしたがってサラリーマン化。知識偏重に傾き、規範、集団性、社会性が学べなくなった。道徳、規範を学ぶ家庭、人格回復をする家庭の役割に注目して、家庭復興運動をして行きたい。

中野J;35年前の米国経験、燃える若者を作れるか? 大学は変貌しなけれならない。