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「競合情報の最前線」中川十郎氏、東京経済大学教授

第18回未来構想フォーラム、 2003年7月18日 港区商工会館

 私は商社に33年ほどいましてその内20年ほど海外勤務をしていました。海外で新規事業の開拓、新商品の開発に携わっていました。その元は「情報をいかに活用するか」ということにつきると思います。国際ビジネス戦争というのは国際情報戦争であす。日本が1990年から13年近く不況から立ち直れないというのは世界のビジネス情報の収集、分析がなおざりにされてきたからであると思います。

 これまで日本のメーカーは作れば売れましたので、競争相手の情報・戦略を分析するという必要がなかった訳です。あまりにも商品の競争力があったのでそれに溺れてしまっていた。

 1989年にベルリンの壁が崩壊したことにより、それまでの共産圏と社会主義圏との貿易取引を禁止していたココムやチンコムというコマース、中国や東欧圏・共産圏との取引を禁止されていた状態が一気に自由になりました。さらに、1991年にソ連が崩壊したことにより、共産主義圏と自由主義圏を隔てていた壁がビジネス上でもなくなり、国境がないボーダレスになった。即ち、ビジネスがグローバルになってきたといえます。

 そのような状況の中で、中国を始め安い労賃で作った製品が自由主義圏へ大量に入り始めた。日本が輸入しているアパレル衣料品は90パーセントが中国製、金額にしますと80パーセントです。フランス・イタリア・アメリカは1〜2パーセントにも満たない。第2の輸入先であるベトナムが3パーセントであり、完全に衣料品では中国がトップになっています。

 今朝の日本経済新聞によると、綿製品の名門、日清紡が名古屋工場を閉鎖した。このように、日本の繊維工場はどんどん閉鎖に追い込まれている。それは、とりもなおさず「中国には勝てない」ということです。今日の国際市場は巨大競争時代を迎えており、その荒波の中で日本がなかなか競争できない分野が増えている。中国は世界で第一位の商品が80品目に達しているそうだ。日本が国際競争力をなくして、他国にだんだん負けつつある。日本も家電製品などは現地で生産しており、殆ど中国・東南アジアに工場が移転している。いわゆる「空洞化現象」です。

 そのような中で日本としてどのように対処するか。ビジネス情報・経済情報・世界市場情報・マーケット情報を駆使し、世界の競争相手・企業の競争相手の動向をウオッチしながら、21世紀の新しいボーダレスでグローバルな市場争奪戦に備えることが必要だと感じます。私は33年間商社におり、今は大学でこのことを新聞などに書いておりますが、殆ど黙殺されている。書いても殆ど反響がないのが実情です。

 わが国の企業の情報収集は、他の国と比べて非常に遅れている。欧米で研究している情報収集分析の手法を取り入れることを、昨年やっと「我が国企業へのインテリジェンス・サイクル適用の必要条件、導入方法の調査研究・提言」として日本の政府が公表した。経済産業省の外郭団体である財団法人産業研究所や財団法人世界平和研究所が、「産業政策の新展開に関する調査研究」、「産業構造の改革に関する調査研究」という項目で米国におけるインテリジェンス・サイクルと情報循環の活用実態に関する調査研究を一年間調査し、その結果を今年の2月に発表しました。

 今日の新聞にも掲載されていましたが、イラクがアフリカのニジェールからウランを輸入しようとしているというアメリカと英国の情報機関の情報を、ブッシュ大統領は一般教書に大げさにはめ込んで発表した。そして、これがイラク攻撃の元になったと言われています。「どうもおかしい。ニジェールからの輸入の取引の資料は偽物ではないか?」ということが、今イギリスでもアメリカでも問題視されています。イラクを攻撃する一番元になった情報が非常に信頼性に乏しい不正確な情報だった。見方によっては偽情報であった。

 私は商社時代に長期間ニューヨーク居たし、今回もコロンビア大学の研究員として7カ月勉強してきたが、その間にイラク攻撃に遭遇して、いかにアメリカ政府が一般大衆をメディアで情報操作しているか実情を見ました。

 日本政府や日本のメディアはアメリカに情報を操作されていて、日本では実態が殆ど判らないのではないかと痛感します。小泉首相の国会答弁を見ても「何を根拠にしてイラク攻撃を支持したのか」、「いかなる具体的根拠にもとづいて大量破壊兵器を『保有している』と断言したのか」という質問に対して、「フセイン大統領はいまだに見つかっていないから、イラクにフセイン大統領がいなかったと言えるのか」などと苦しい詭弁を持ち出した。そのような答弁では誰も納得できないし、野党の人たちも情報を使った反論ができない。

 私は昭和12年から45年まで商社に勤務して、そこでいろいろと情報を勉強した。日本は情報がない、インテリジェンスがない、すべて外国から操作された情報が入ってくると感じている。とりわけ、北朝鮮の核疑惑や脅威は、アメリカによってかなりに情報が誇張されていることを感じる。

 アメリカでは1986年、「これからの戦争は、武力よりも情報戦争、経済戦争になる」と言われていた。Competitive Intelligence(コンペティティブ・インテリジェンス)―学会・政界・実業界を中心として、競争相手の競合情報の収集・分析・活用を研究するアメリカ競合情報専門家協会を作った。現在では世界中に六千人のメンバーを有している。情報収集分析手法を軍から民間に移転して、情報の民営化をした。最初にこのことを提唱したのは、スウェーデンのルンド大学のDr.Stevan Dedijerで、今年93歳になる情報の大家です。

 1986年以来17年間、アメリカを中心にヨーロッパや中国で競合情報の研究が進んでいます。アメリカは、1986年にスパイ機関が民間と組んでビジネス競争相手の研究を始めた。当時のソ連のKGBも、軍事情報だけでなく技術情報、海外企業の先端情報の研究を始めた。1992年には、中国の公安部が同じくロシアやアメリカに対抗して経済情報の収集のためにChina Society Competitive Intelligence(中国競争情報専門家協会)を作り、経済情報の収集をした。私は1993年に中国に呼ばれて、日本の総合商社が海外でいたらぬ情報を集めて貿易をしていた経験を話した。上海では100名が、北京では200名が集まりましたが、その殆どが情報関係に人たちだった。以来今年で13年、日本ビジネス情報協会で勉強を続けている。

 それから10年後、今年9月18〜19日、今度は上海でビジネス競合情報の話をすることになっている。外国では競争情報を国際ビジネスに活用する研究が進んでいて、来月中旬にはオーストラリアがバックアップして、アジア太平洋競合情報国際会議がシンガポールで開催される。

 オーストラリアがなぜ熱心かと言うと、アングロサクソン5カ国(イギリス、アメリカ、カナダ、ニュージランド、オーストラリア)が戦後いち早く世界中の情報を傍聴や盗聴して、冷戦時代には軍事情報を融通しあっていたため。その後、戦争の危機がなくなると、世界のグローバル・システムを使って世界で更新されているビジネス情報を盗聴して自国の企業に教えていた。これが大問題になって2001年ヨーロッパ連合の議会で取り上げられた。本来ビジネス情報を傍聴や盗聴することはビジネスのエイペックから禁じられていたが、経済情報をテレビ電話・ファックス・通信や飛行機の機内から携帯電話を使って盗聴するということが平然と行われていた。1993年オーストラリアが競合情報専門家協会を作る時講演したことがあるが、オーストラリアが今回日本を出し抜いてシンガポールと組んでアジア太平洋競合情報専門家会議を開催する。

 シンガポールがなぜオーストラリアと組んだかと言うと、日本よりオーストラリアが競合情報のノウハウを持っているからだ。日本にも盗聴のための米軍の施設が青森の三沢基地にあり、これは世界でもかなり大きなアンテナシステムである。日本はアメリカやヨーロッパに遅れるだけでなくて、シンガポール・中国・オーストラリアにも遅れつつある。

 つい最近フランスでは、フランス海軍情報学校の校長を中心に財界・軍・大学・政界などすべての情報研究機関を網羅して、アメリカの競合情報専門家協会に匹敵する巨大な組織を作っている。ヨーロッパで熱心なのはフランス、世界ではアメリカ、アジアでは中国、この3つが最も警戒すべき国だ。"21世紀の経済はアメリカと中国とヨーロッパ連合"であると言われている。ビジネスの元になる情報の基盤で、日本はシンガポールにさえも遅れをとっている状態であります。

 「富を作る三形態」(公認会計協会(CPA)作成)によると、歴史は1650年にイギリスで産業革命が起こって農業時代から工業時代へ、そして1955年にノイマン教授が最初のコンピュータを作った時から情報化時代に入っていった。かつて1650年から1955年頃までは工業が、それ以前は農業が富を創造したが、現在は情報が富を創造している。高度情報化社会の展開図から、第一次産業・農林水産業の時代は土地、第二次産業・製造業と第三次産業・サービス業の時代は資本、そして21世紀現在は第四次産業・情報産業時代は情報を持っている者が権力を持つ。それでヨーロッパ、アメリカは徹底的に情報産業に力を入れているわけです。

 しかし、日本は未だに物作りの冥想から抜け出せていない。つまり、物を作って売り出さないと安心できない。コンピュータのソフト開発のような知識産業・情報産業で国を引っ張っていくという考えがない。日本はかって物作りで世界を制覇したので成功に酔いしれていて、情報化社会でのソフトへの展開に乗り遅れた。不幸であったのは、世界中が急にコンピュータ・インターネット・ソフト産業のように知識産業化する1990年代に、日本経済のバブルがはじけたことであった。銀行をはじめとして建設業や不動産業やメーカーなどの企業は、世界がハードからソフトへ、物作りから情報産業へ転換している時に、情報化・ソフト化の波に乗り遅れてしまった。

 これが二重に日本経済の足を引っ張っている。これが実情であろうと思われます。

 外国では30年前からスウェーデンのルンド大学のDr.Stevan Dedijerが博士課程を設けて博士号を出している。

 アメリカの大学では27校に競合情報の博士課程があり、150人が企業から来て競合情報を2年間徹底的に勉強している。教官はCIAなど。大学は30年以上にわたり、ビジネス競合情報教育に従事している。実業界は1986年より国家諜報ソフト(競合情報モデル)の民間、即ち国防総省ARPAで開発のインターネットシステムの民間へ移転した。これは軍官産学の共同作戦です。

 コロンビア大学国際、公共関係研究大学院(SIPA)で教えているDr.Mark M.LowenthalはCIAの現役の局長で、いかに外国の技術を盗むかということをCIAの例を使いながら軍の情報技術を教えています。サンダーバード米国国際経営大学院のPaul Kissinger氏は元CIAです。ボストン・シモン大学のDr.Jerry MillerはSCIP大学競合情報教育研究委員長。ビッツバーク経営大学院のDr.John Prescottは元SCIP会長であり、アメリカの企業から150人のメンバーがここで学んでいる。スウェーデンのルンド大学経済経営政策大学院のDr.Stevan Dedijerは元CIA・KGBで、競合情報研究の世界的権威です。オーストラリアシドニー工科大学院のDr.Chris Hallは元SCIPであり、Australian会長です。米国競合情報専門家協会は会員の15パーセントが元CIA関係者です。米Academy of Competitive Intelligenceでは企業役員、軍高官の情報教育をしており、校長はMr.Flud(米インテリジェンス会社FLUD社社長)役員としてMr.Herring(元CIA高官−モトローラ競合情報システム構築者)Mr.Ben Cilad(元イスラエル警察インテリジェンス部門責任者)がいます。又SCIP(Society of Competitive Inteligence Professionals) Manhattan Chapterでは情報専門家20人〜25人が月一回情報研修を行っています。

 提言として、日本は米・英・仏・スウェーデン・中国への早急な対抗策として、競合情報教育の充実(日本の政・官・財・学の緊急の対策)が必要である。