TOP

CONTENT

 

『今、求められるKnowledge Management』

(株)熊谷組 田中 孝司

 

1. はじめに

 現状のナレッジ・マネジメント(Knowledge management:以後KMと略す)を考えてみるとき、1990年代前半における諸外国、特に米国の次の3つの状況を把握しておくことが必要と考えている。

 1番目は1987年に米国で制定されたマルコム・ボルドリッジ賞(MB賞)の発展、米国以外の諸外国への広がり、そして定着してきたこと。このMB賞の効果としてはCS(Customer Satisfaction)を目指す経営スタイルが定着してきたこと、そして受賞企業へのベンチマーキングを奨励していることがKMとの関連で大きな要素をしめている。

 2番目には1995年、米国で野中郁次郎氏と竹内弘高氏共著による『The Knowledge Creating Company』が発行されベストセラーになったこと。このことにより暗黙知と形式知、SECIモデルなどをベースとして知識創造理論の考え方が広まったこと。

 3番目にはIT技術の発展が絡んできたこと。しかしこのITというハード面からの展開を進めてしまった国、研究者、企業などにとって、KMという考え方、取り組みについて魅力的なマネジメントシステムとして捉えていないという傾向も最近では見られる。

2. KMの発展過程

 1990年代半ばから、米国ではSECIモデルの連結化という変換モードに着目し、IT技術のデータベースを活用した情報の共有化による知識創造という取り組みをモデル化し,システム開発企業,コンサルタントが先導して展開してきた。そしてこの流れは日本にも入り込み、多くの企業でも情報の共有化ということを軸としたKMシステムが導入・展開されてきた。したがって日本でのKM事例の企業紹介というと後ろにシステムありきの報告があり、システムを活用して成果を上げている、ある一部の事業部門の取り組みが報告されるケースが殆どであった。また、本当に知識創造に取り組んでいると思われる企業にKMの事例発表をお願いすると「うちではKMを導入していません」と断る企業も多かった。           

 一方、ITをベースにしてKMを発展させてきた米国に対してヨーロッパでは、SECIモデルの考え方をどちらかというと哲学的に捉える傾向が強く、SECIモデル表出化の変換モードのメカニズムに着目して研究してきた。したがって研究内容としても主にヨーロッパの優良な企業の活動事例の中から知識創造に向けた取り組み内容を見つけだし体系化する取り組みを主流として展開してきた。

最近では、このヨーロッパの動きに合わせて米国でも同じような動きが生まれてきている。またヨーロッパでも米国でもナレッジコミュニティという面から、優秀な日本企業の取り組みを参考にして体系化を図ってきており、体系化された多くのシステムが逆輸入の形で日本に紹介されるようになってきた。今後も日本企業の長所を取り入れて研究対象としていくというこの傾向は続くものと思われる、この背景として優良な日本企業では人材育成ということをベースとして様々な仕組みを構築してきた経緯があり、これらの取り組みが知識創造の基本、あるいは原点になっていることに気付いてきたからもしれない。

 現在日本以外のKMの動向としては、特にヨーロッパの研究者の方向としては「知識創造に当たっては個人の能力は企業内で2〜3%位しか発揮出来ていない、これからは個人の能力の残りの97〜98%をどう発揮出来るだろうか」ということに着目して研究を進めていくことが主流になりつつある、と個人的に解釈している。

3. 一方の日本企業は

 日本企業の中でKMについての認識をどの程度経営トップや経営幹部はどれだけ持っているだろうか。今までの数年間の経緯を振り返ってみると、多くの企業では情報システム関係者が着目して様々なKM関連システムを導入したが、実際に成果が生まれるような活用がされてこなかった企業が多い。したがって企業内でKMというと情報システムとの関連性を頭に浮かべることが一般化し、余り関心のもたれないテーマになりつつあるのではないか、と感じている。.

 主にヨーロッパの研究者からナレッジ・シェアリング、クリエーションなどの面から評価されている一部の日本企業の現状の取り組みについてみると、研究の対象となっている諸活動に対して企業としての執着心が薄らいできているように感じている。(危惧であればいいのだが、最近の活動内容を見ると多少当たっているようで心配ではある)

 元々これらの企業は、業務の仕組みを定着させるときの思想として、例えば80点レベルのシステム内容であっても社内浸透率が60、70%しか見込まれないシステムは採用しない、50点レベルのシステムであっても社内浸透率が100%を目指せるシステムであれば、敢えて後者のシステムを採用する、ということであった。このような取り組みを数年続けていけば数年前に企画した80点レベルのシステムが100%浸透できている状態を確保できるのである。このような取り組みを30数年間継続的に取り組んできた結果として世界的な優良企業としての位置を確保できた一因であったと思う。

世界的な優良企業となると新しい事業展開が求められてくる、そして経営トップ、経営幹部も様々な情報、知識を得ることにより優良企業としての取り組みを意識するせいか、あるいは自企業の長所であるという様々な取り組みを経験、苦労しないで経営幹部に上りつめたせいか、諸外国が研究している様々な取り組み社員の知恵を生み出す活動が長所であることも、知識創造の源であるという認識が薄らいできたのではないかと感じてしまうのは、私だけだろうか。

4. 今、求められるKM

 「今、求められるKM」というよりは「これからの知識創造企業のあり方」という意味合いでの提案になるかもしれないが、次の3項目を考えたい。

(1) 知識創造(知恵の発揮)にむけて、現在は個人の能力の2〜3%しか発揮していないことを前提に考えたい。どのようにしたら発揮できるのかについて、個人に着目した取り組みと、企業として組織的に発揮できる仕組みの両面から考えていくことが必要である.

(2) KM(Knowledge Management)とは"Knowledgeを生み出す人材育成、人財活用システムであることを前提として取り組んでいく考え方"である、という理解を広めたい。

(3) 企業全体として上記(1)、(2)の取り組みを進めて行くには、従来の日本企業には余り配置していないCKO(Chief Knowledge Officer)的な立場、役職の設置も必要なのではないか。

 以上3点は企業の取り組みとしての提案事項であるが、今後の日本企業の活性化に向けて、ということを考えたときは、1980年代の米国のレーガノミックスでの施策のように産官学一体となった取り組みにより「価値創造企業育成のガイドライン」的なアウトプットを出していくことを早急に考えていく時期にきているのではないだろうか。(近年ではヨーロッパ、米国ではもちろんのこと、韓国、シンガポール、など諸アジアの国々も国家を上げて取り組んできている実態について経済産業省もまだ、認識を持っていないのが現状である)