アフリカ国際協力市民フォーラム 実行委員会準備会

         2008年5月23日(金) 未来構想戦略フォーラム/ 市民国連事務局

             中央: 柴田 孝男 氏 カンサス大学准教授;ジンバブエ公使,国連農業開発基金副総裁

             左から:藤井真弓美 、藤井みち雄、小林重一、 柴田、 溝垣善二郎、大脇準一郎、田中千賀子 の 各氏
          

準備会での音声

                                                      

第74回未来構想フォーラムメモ

開会の辞 大脇 準一郎 先生

第1点:一つの問題は日本の国民が世界の問題をよそに現状に満足して保身に回っていること。アフリカではエイズ、貧困、内紛で、難民生活をしている。地球市民の一員としての考えるべき。第2点:大切なのはいかにして人間らしく生きるか。価値観の問題。貧しくても与えることに飢えた心豊かな生き方をしている人もいる。逆にお金持ちでお金が減りはしないかと心配し、心の貧しいけちな生活をしている人も多い。第3点:世界の問題は国連や政府が解決してくれるのではなく、それぞれの現場が進めていく。市民意識の重要性。
以上、世界的な視野でものを見る大切さ。何のために生きるのか価値的視点。私たちには何ができるのか?「何かをもらうかではなく、自分は何を与えうるか?」歴史的視点、この3つの視点から「アフリカへの国際協力」をテーマに共に考えたい。

第1部:講演の部 池亀 美枝子 先生

 1960年〜70年代にアフリカが独立していく中で国連の役割が大きくなった。国連の仕事の60〜70パーセントはアフリカ。そういう意味では国連にとってアジアよりもアフリカの方が近い。
 TICADは1993年に始まった。TICAD1は何故行なわれたか?戦後の日本は世界銀行やアメリカなどから援助を受けながら経済的に大きく成長してきた。そして1950年代と比べて1990年代の世界の日本に対するイメージは大きく変わった。経済第2の大国。日本は西洋ではないのに経済を遂げた国として、第3国からは一つのモデルであった。アフリカが困っているところを日本が着目し、世界の主要問題の一つとして焦点を当てるためにTICADTが行なわれるようになった。当時の日本の注目はアジアにほとんど行っていたので、アフリカについてほとんど何もしらない状態であった。そこで、アフリカとの経験が豊富な国連と一緒にやることになった。世界の中で日本がどう貢献していけるのかを模索していた時代であった。そんな中でTICADが始まった。
元々TICADTは1回きりでやめようということで始まったもの。西洋諸国の市場であったアフリカ勢に世界第2位の経済大国の日本が入ってくることを西洋諸国は懸念していて、いちゃもんをつけていたところもあったが、アフリカ勢の後押しの中で東京宣言が無事に行なわれ、TICADTは成功に終わった。
アフリカがこれまで頼ってきたのは西洋諸国。アフリカでは結構アジアの物が売られているが、アジアから直接来ているわけではなく、西洋諸国を経由して来ていた。TICADUは正にアジアとアフリカを結びつけるためのもの。アジアとアフリカが対話するためのものであった。TICADVによってTICADが定例化し、5年に1回で行なわれるようになった。
 TICADT~Vは全てG8が終わった後に行なわれたが、今回のTICADWはG8前に行なわれ、G8でアフリカの声をしっかり反映させるようになるだろう。
 アフリカの現状は大きく変わってきている。この5年間のアフリカの経済成長率は5〜6パーセントと高い。ここ10年間で紛争が40パーセント減った。それだけアフリカの政治的安定が来ていて、経済成長も見込まれている“元気なアフリカ”である。この“元気なアフリカ”を助けてほしいというのがTICADWの大きなメッセージである。
 中国、インドなど新しいアフリカのパートナーがどんどん出てきたが、その中で日本はどうなのか?これらの国がアフリカのパートナーとなるための種を日本が巻いてきた。アフリカ諸国はそんな日本をTICADTからずっと見てきた。日本は自信と誇りを持ってよい。
 中国は政治的な分野でずっと前からアフリカと関係を持ってきた。それがあって今のアフリカと中国の関係がある。日本は政治的なものはむしろゼロ。日本は経済的なものでやってきた。今後中国を通じて、アフリカから石油を輸入するというよな事態が起こらないとも限らない。
 今回の参加数は3000人。首脳の参加数は40人以上。毎回増えている。今回は横浜宣言と行動計画と○○の3点セットで採択された。いままでにないアウトカムになっている。
 アフリカが先進国の前で自由に意見が言えるのがTICADの大きな特徴である。もしアメリカやフランスでやっていた場合は違ったであろう。

Emmauel G.Njayick 先生
アフリカの観点からTICADWをどう見るか。TICADWでは横浜宣言がなされた。宣言の内容を見たときに、さまざまな現状に対して述べている。人間保障、MDG’s、教育の推進、気候変動。横浜宣言は以前より強化されたものだと言えよう。計画と実施行動についても述べている。前回のTICADに不足していたのが実践の部分。そして、TICADで適応されるプレセスに対して注意深くフォローアップしていかなければならない。TICADWはG8開催前に行なわれた。日本はアフリカの橋渡し的な役割を果たしている。今回は大成功したと思う。日本はTICADにおいてODAを2倍化するなど力強い宣言をした。
日本はTICADの中で指導的な役割を果たしている。日本なしではTICADは成立しない。一体アフリカ諸国は日本のどこに引かれているのか?1つ目は明治時代からの発展をアフリカは見習う必要がある。2つ目は、日本はアジア諸国の発展に寄与してきた。なので、日本が国々の発展に寄与できると信じている。3つ目は、日本は世界第2位の経済大国。多くのODAを提供してきた。また日本は平和を愛する国。4つ目はアフリカの国にとって日本の文化から学ぶことが多い。日本の伝統的な文化を維持しながら発展してきた。そういうところもアフリカが学んでいく必要がある。5つ目は、日本は市場としても重要である。日本とアフリカの貿易は今はまだ低い。6つ目は、日本は環境問題を解決できる国家。この6つの理由からアフリカ諸国は日本に関心を持っている。
TICADを通してアフリカの問題は、世界的に注目されるようになった。TICADを通して、アフリカは一つの共同体として掲げている問題を討議、認識、世界に発信した。アジアとアフリカの協力関係を大きく推進している。

柴田 孝男 先生
国際農業開発基金でエイズ孤児の問題に携わってきた。医療開発ではなく農村開発を進めてきた。
エイズで男性が亡くなることが多いので、残るのは女性。小規模融資で支援することで女性たちの生計を助けるプログラムをしている。このプログラムを通してエイズ孤児を助ける。エイズは医療問題のみで解決できるわけではない。経済開発の問題になっていく。
エイズ問題で一番重要なのは自分自身がエイズかどうかを知ること。そのために学校でエイズ教育・衛生教育をする。ユニセフから援助を受けながら行なっている。
市民レベルの教育をしていかなければならない。
ジンバブエイではエイズ人口が30パーセント。ここでは生産性の高い世代の人でエイズが大きな問題になっている。
開発援助は大変難しい仕事。開発援助で成功する例は非常に少ない。現地の人が動いてくれない中で地道にやっていくしかない。さまざまな困難を超えながら進めていくしかない。市民が実際に現地に行って活動することが重要。


第2部:パネルディスカッション 
Jean Kenne 氏

・ 30年前奇跡的なことで日本に入ってきた。
・ 私はカメルーンの中で一番頭がよかったわけではありません。日本から奨学金で行けた。
・ 日本に来て180度変わった。
・ どうして世界には発展途上国、先進国があるのか。これに答えを見出すことが自分の使命だと感じた。
・ 自分が学んだことが自分の国のために役に立つと思っていたが、帰ってみたらどうもそうではなかった。そこで日本で就職をすること  にした。
・ TICADを通して自分の夢は実現された。

山元 雅信 氏
・ 私がアフリカで植林をやっている。タイでやっていたことを東アフリカでやっている。
・ ど素人でもできるところからやればうまくいく。できるところから始めることが大切。
・ アフリカ人と仲良くなりましょう。外務省に頼ってはダメ。私はど素人でも2年前から植林を始めることができた。
・ 政府とかJICAに任せるのではなく、NPOやNGOなどの市民活動が大切。
・ ケニアでの植林率は1パーセント。昔は18パーセント。

早稲田大学
<目黒さん>

・ 活動場所はタンザニア
・ 活動テーマ:動物と人間の共存
・ 活動内容:象の被害の問題、村人との交流
・ 象による農場の被害は激しい。解決先はパトロールで、そのために車が必要。そこで、企業協賛で車を送った。
・ 重要なのは村人。
・ 交流することで自分自身と向き合い、何かに気付き、何かを変えていくことでもある。

<阿部さん>
・ 行く前のアフリカのイメージ:紛争、貧困。行く前はアフリカの問題に関心があったが、人には関心がなかった。
・ タンザニアに行って、現地の人の交流することを通してアフリカ人が非常に魅力的だった。

<八木さん>
・ 渡航して感じたこと、それは支援の難しさ。実際に現地に行っていないと現地の人たちの困っている思いが分からない。また、支援をしてしまうと支援を受けられない人が出てくる。

<岩井さん>
・ 二つの側面:ボランティアの側面と参加した大学生が成長するという側面。

廣瀬 輝夫 先生
・ ODAやってもエイズの解決にはならない。一番大事なのがNPO・NGOが進めていくこと。日本の医者が現地に行って助ける。それが一 番大事である。
・ 政府がアフリカに興味を持っているのはレアメタルなどの資源。日本がやらなければならないことは直接現地に行って助けること。
・ アメリカのODAの4〜5割はNPO/NGOに行っているが、日本の場合は全然行かない。アフリカに関しては民間の協力が一番大切であ る。

池亀先生の質問に対する答え
・ アフリカの環境問題:一番重要なのはjustice。先進国はいろいろなものを犠牲にして発展してきた。環境を破壊しながらアフリカを発展 させることはjusticeではない。日本の風力や太陽発電など技術で貢献できる。
・ 民間企業との協力:アフリカには日本の店はあまりない。しかし、忘れてはならないアフリカにはお金持ちもいて、彼らは日本製品が欲 しい。

閉会の辞 一色 宏

 他者の苦しみに対する感性が大切。大きな問題に立ちはだかると無力感を感じるが、
 マザーテレサの言葉にあるように「小さいことを大きな心でやっていきましょう。」

           

写真
アンケート集計結果

2008/06/02 アフリカ協力市民フォーラム

渡辺 (会社員)
1.山元先生の活動内容やアフリカの人と仲良くなろう。
素人でも気持ちがあれば、世界を変えれるんだということが伝わりました。自分でも何かできるんじゃないかと思わされました。
2.アフリカの状況など、より詳しく知りたいと思う。
3.―4

田中(大学生) tanakarie531@yahoo.co.jp

1.山元先生等、他国の人を愛する心情から出るお話、それから水澤さんの一人芝居がとてもよく、刺激を受けました。感謝申し上げます。
2.元に絆を深め、愛の爆弾を世界に投入していく会になったらいいと思います。
3.―3


内山 洋子 (横浜市)
1.今回のTICADWでOwnershipとPartnershipが鍵と感じていましたが、今日も相互に影響し合い、発展しあう、というために日本という国(政府、国民)やNPOが、良い活動をしていけるために、内在する問題をアフリカ支援(技術、教育も含めて)をしていくことによって、明確にして、処理しなくてはいけないと思いました。
2.今日と同じテーマでパネルディスカッション
3.―3
4.ミニコンサート、訳詞もして下さって、マイクなしでも充分では?と思いました。ミシシッピ河を見てみたくなりました。

今野勝雄
1.実際に現地に行ってきた人たちの話を聞けて、今のアフリカの現状、知らなかったところを知ることができた。
2.実際に集まった人たちで、アフリカに対して何かアクションをする。企画、文化を体験できる企画。
3.―2

斎藤 寿士(営業
1.とても良かったです。もう少し時間に余裕があるといいですね。
2.私たちが具体的に出来ることを知りたい。
3.−4(会社)
4.アフリカだけでなく各国の問題を知りたい

斎藤(会社員)
1.柴田氏のお話はたいよくわかりやすくてよかったです。池亀さんのお話はあまりよくわかりませんでした。(一般市民には難しい?)Emmanuel氏のお話も良かったが、主催者側がよく時間の管理をしてほしいと思います。(一概に時間を守れないのがアフリカです)ミニコンサート、一人芝居共、涙が出ました。よくこれだけの方々が呼べたものだと感じました。すばらしいです。これからもがんばってください。パネルディスカッションはどれも大変すばらしいでした!
2.アフリカの文化・民族性をどのように受け入れ、協力しあっていくか。
3.―2
4.スタッフのプロを教育すべきと思います。(来客対応があまりにも素人っぽい。服装、髪型も。司会の方はまあまあOK。でももっと場なれして、もっと雰囲気をよく出来る可能性がありますので、がんばってください)

戸石文夫 ()
1.あまりにも具体的内容と、TICADの歴史は、発展を経過と知れたのがよかった
2.毎回参加することは出来ませんが、時を得ての内容をお願いします。
3.―大脇先生紹介を
4.あまりにも重要な方々の意見が聞けたので感謝です。

匿名
1.全体の構成が少し雑多な感じがした。今回はTICADの話題に絞った方がよかったと思う。ミニコンサートは新鮮味があってよかった   が、杉原千畝は、アフリカと関係ないのでは?山元さんのお話はよくまとまっていてわかりやすかった。途上国支援で大切なのは現地 の人がいかに自立して活動できるようにしてかだ。
2.ビジネスで活躍している人、経済人。
3.―2
4.ゲストのスピーチについてパワーポイントなどあったほうが良いと思う。 コンサートの準備が足りていなかった。全体の段取りが悪す  ぎます。聞く側としては、かなりストレスがたまりました。

匿名
3.―2
4.どんな国益につながるのか考えるのが重要と思っている。

匿名
1、国連が課題解決の為に、NGOとの直接対話を求める意味、国際協力における政府の協力と共にNGOの協力の重要性が良くわかっ   た。

匿名

1、ミニコンサート、一人芝居の時間があったために、前後のフォーラムの内容が生かされた。文化公演をすることによって、メ ッセージに対する違ったアプローチができて、新鮮さを与えてくれる。メッセージ、発題に関連した内容の公演、歌などはと てもいい。


市民国連の新しい出発のための懇親会・メモ

大脇先生
市民国連を始める契機になったのは、未来構想フォーラムを7年前に発足して、日本の未来のビジョン創りということで始めた。ネットワークでつなげばみんなが喜んでくれる。Think TankからDo Tank,ただ考えるだけでなく、行動すべき。

2005
年「愛から地球博へ!」愛知万博のアフターケア、国連、政府も頼りにならない、市民が世界的な連帯で地球規模の問題を扱おうということで、34団体が集まった。これまで5回の会合を行なった。その中で日本はます隣国にお詫びしなければならないという方と、日本文化を誇るべきだという方との激しい論争が起こった。また、事務局がしっかりしていなくて、資金面でも厳しかった。一旦、小生は身を退くようになったが、つい先日、“アメージング・グレイス”。不可思議なことに小生の下に戻ってきた。一色先生のアドバイスで、とりあえずは未来構想のもとに置いておいて、大きくなったら独立させようということになりました。
前回のフォーラムをやってみて、国連が市民との対話を重要視していることが判った。皆さんの本音、皆様の忌憚の無いご意見を行き来しながら、今後日本が世界に共感を生むような国民運動をいかに起こしていけるか、日本の市民運動が定着できるのかを考えたい。
柴田先生
問題提起をさせていただきたい。市民と国連というのは矛盾した二つの言葉をつなげるようなもの。私自身AAAという団体をやっているが、その中でお金をどうやって取ってくるかということだけやっていた。
国連は政府間なので、市民が直接参加するということはない。環境とかグローバルな問題になると、世界市民的な発想で対処しなければならないが、国だけ相手にしてもなかなか意見が来ない。そこで、市民側から国連に意見を出すという動きが起こってきて、今はいくつものNGOが国連に登録されている。しかし、国連で実際に審議するのは政府のみである。
最近の動きとして、国連と市民を直接につなぐ動きがある。ターナーファンドが10億ドルのお金を寄付した。もともと国連には民間から受け取る仕組みがなかったが、新しく窓口を作った。受け取るまでに3年かかったが、UNOPUnited Nations Office of Partnership)というオフィスが国連の中にできた。国連と民間を直接結ぶオフィスができたことは新しい動き。国連のフィロソフィーの中でまだ具体的にはなっていないが、そういった組織が国連の中にできたことは新しいこと。政府ではなくて民間からお金を受け取れる。具体的に市民とパートナーシップを結ぶという動きが始まっている。
アメリカは国連バッシングが強い国だが、各州、各市に国連協会(UNA)というものがあって、市民と対話をしている。日本ではどうなっているかよく分からないが、バッシングの強いアメリカでも市民レベルで国連を助けていこうという動きもある。例えば、地域の大学でも模擬国連を作って議論をしている。
伊勢先生
日本では模擬国連はいろんな大学がやっている。模擬国連の学連もある。各国にUNA(国連協会)があって、それをまとめているのがニューヨークにあるWFUNAWorld Federation of United Nations Association)。議論をしてコンセンサスを取り、決議文を作るというプロセスを経験している。これは近年ではなく、ずっと前から続いているもの。私が懸念しているのは、国連自体が官僚組織で硬直化していることと、模擬国連も昔のままのやり方を学生に教えている。
大脇先生
国連は国益を超えられないので、それを超えてグローバルな視点で話しあう場があってもいいと思っている。
伊勢先生
模擬国連は参加者がいろいろな国の代表になって、それぞれの立場から話し合う。そのプロセスを教える。国益がベースだが、それをどうやって乗り越えていくのかを教えるのが模擬国連。日本人が日本の立場にたって議論するのではなく、他の国の立場の人が日本の立場に立つし、日本人が別の国の立場に立つ。
池亀先生
私はいろいろなところに合唱団を送るという活動をしていた。歌を通して国連のミッションを伝えるという活動。その中で、アメリカの人たちの国連に対するイメージを変えなければ大変ということで、カンサスに連れていくためにカウンターパートを探したところ、カンサスのUNAのチャーターが受け入れてくれることになった。その流れの中で、カンサスの人たちが模擬国連に参加することになって、その中の誰かが日本の役割をするので日本の考えを教えてほしいということで、誰か紹介してほしいということになった。WFUNAの会長と話したら、日本の国連協会はどうなっているのかと気にされていた。日本のカウンターパートがいないとのこと。国連協会をなんとかしてほしい。それぞれの県では役人みたいな人がやっていて、日本全体の国連協会を取りまとめている人がいない。
伊勢先生
日本国連協会は1920年ごろにできた。日本はそれまで国際的なものに関係していなかったが、国際連盟のころに近衛さんとか、渋沢栄一さんとかが働きかけて発足された。日本が国連を脱退する前に、日本国連協会が登録された。
ヨーロッパの国々の国連協会は国内のNGOをひっぱっていく力を持っている。ところが、日本の国連協会は長い間睡眠状態にある。しばらくは外務省からお金が出ていたが、今は出ていない。各国の国連協会はお金を出さないといけないが、国連に出す分担金によってその額が決められている。現状では日本の国連協会はそれが払えない状態。
インドの国連協会がアジアの総会をしたときに、逆にインドに宿泊代を出してもらった。そのうえ、日本からは学生を一人も連れていけなかった。市民社会を成熟させるためには、国連協会を強化していく必要がある。
各地方の知事を国連協会の代表として立てようとしたのがもともとの構想だった。しかし、一時期空白の時期があり、多くの知事さんが抜けてしまった。
国連協会は国連のためではなく、日本のために活動している。日本政府にその大事さを把握してほしい。
外務省自体が苦しんでいる。国民の外交に対する理解がないから外務省が強くなれない。
市民として動かしていただきたい。
池亀先生
国連に関しては政府のバックアップがないと難しい。第一回目のTICADNGOを入れるのがどれだけ大変だったか。一番開発の仕事をしているのはNGOなのに、外務省は見ていないからわからない。いくら議論しても聞いてもらえず、第一回目のTICADではNGOの機会がなかった。
第二回ではなんとかパラレル・イベントができるようになった。三回目は宣言をいう人が会議に入れるようになった。今回はプレナリー・セッションにNGOが入れた。このように、NGOの立場が上がってきている。
日本政府の理解がないと、市民社会の国連での活動は容易ではない。TICADでもそうである。
コフィ・アナン前事務総長が民間セクターの役割の必要を打ち出し、グローバル・コンパクトというのを作った。経済社会理事会(ECOSOC)に登録されているNGOもあるが、なぜ経済社会理事会なのかと思う。国連ではできない分野で他にもNGOが働いているのに。経済の分野だけじゃない。これは一つの問題。
政府によるNGOのサポートは国によって大きく違う。
大脇先生
早稲田で43団体をまとめているTNネットというものがある。あれだけ熱意を持ってやっている。何か運動をやろうとしたら、どこかがイニシアティブを取らないといけない。
中川先生
サンディアゴに行ったとき、たまたま飛行機の隣の席に座ったのがNGOの人だった。エコノミーではなくビジネスクラスに乗っていた。話を聞くと、資金は潤沢にあって、アメリカの政府、有力企業が提供してくれているという。
住友化学の蚊帳プロジェクト。今、国連大学が力を入れている。次のプロジェクトは針のない注射。こういったプロジェクトは企業からお金を集めることができるのではないか。
大脇先生
日本には税制の問題がある。昔は寄付をもらうと7割税金がかかった。日本は昔から封建思想がある。お上が全部やるという考え。この流れを変えないといけない。
アメリカの場合、人材開発などはNGOに入札させる。日本のNGOは社会開発や人材開発ができるノウハウを持っていない。大学や企業が物づくりだけではなく、人作り・社会作りをやれるようにしなければならない。

池亀先生
アメリカの場合はCSRや税制対策としてNGOに寄付するのが当たり前になっている。
日本の法律を変えないと動かない。
山元先生
TICADWで予算をつける際にNGO側がいろいろと意見を言ったが、外務省はずっと我慢して聞いているだけだった。外務省はその気はあるが、実現させる能力がないので、ずっと耐えていた。
池亀先生
外務省はcivil servantなので政治的な力はない。

山元先生
外務省にはjustificationが必要。これだったら仕方がないなというものを私たちが外務省に与えないといけない。そのためには私たちが組織的にしっかりしていることと、錚々たるメンバーが入っていること、それからやるべきことを明確にして、納得してもらえるようなjustificationを準備しないと無理。政治家が利用したら得だと思わさないといけない。

池亀先生
リーダーシップを取る人が必要。アフリカに関しては森さんがいい。日本の総理で始めてアフリカに行った人。アフリカに受けるパーソナリティをもっている。森さんはアフリカでは一番よく知られている。
黒河内先生
市民国連が何をするのかについて合意を得ないといけない。そして作る以上は資金的にも組織的にもしっかりしていかなければならない。お金がないと回らない。
大脇先生
市民国連は何をするのかという目的・使命のところをはっきりすること、そして資金をどうするのか、この2点をはっきりさせていく必要がある。この2点において詰めていきたい。    (大脇先生・一色先生がこれまでの市民国連の経緯を報告される)
池亀先生
市民国連にするのであれば、日本人だけではダメ。世界に向けるネットワークになるべき。若い人たちにも入ってもらわないと、活性化されていかない。エネルギーのある人たちに入ってもらいたい。若いジェネレーションとの対話が必要。
山元先生
学生部会をつくるのがいい。
伊勢先生
国連協会も青年部がある。
一色先生
それから女性も。命に対する感性は女性の方が優れている。
司会:(最後にひとりひと言ずつ)
黒河内先生
人手をたくさん持たないといけない。そして、大きなファンドをどこかから獲得しないといけない。そのためには実績もないといけない。トップを誰にするかも問題。小さなものでいいが、収益事業を始めないといけない。学生新聞に企業協賛の広告を取ると良い。リフレッシュした組織に。
廣瀬先生
現地を知らない人がいろいろ言っても仕方ない。NPOで重要なのはモノ、カネ、ヒト。実際に現地に行って働く人を使わないといけない。日本人は語学ができない。一番根本的なのは人材。語学、そして世界的な見地を持っている人を育てる必要がある。
一色先生
資金が得られるものを考えていくこと。組織は10万人になれば問題ない
水澤心吾さん
私は50代で、4人の子どもを育てている。自分のやってきたことで人に貢献できるものをやっていきたいと思って、今の活動を始めた。まだまだ勉強の段階だが、これからいろいろとやっていきたい。
中川先生
昔から「天の時、人の和、地の利」という。天の時は今。今がまさに時。そして人の和。ここに集まった人たちのネットワーク。最後に地の利はどこか一箇所に絞ってやるべき。
藤田社長
私も50を過ぎた。最近は価値ある死に方をしたいと思っている。自分のことというよりも誰かのために死ぬ、生きる。そんな人生を送りたい。
柴田先生
具体的に何をするかを考えないといけない。具体的な活動を組織してからお金を集めないといけない。そうしないとお金は出てこない。できることをやらないといけない。できないことを一生懸命やってもできない。市民国連というからには、国連の活動に市民として協力するということ。お金を集めるときに、理想に出してもらうのではなく、具体的な活動に出してもらう。
池亀先生
私はあと34年でリタイアする。日本に帰ったら何をするか考えていた。今日はエネルギーをたくさんもらった。一番重要なのは何をするかということ。やるべきことは沢山あるが、ここにしかできないことは何なのか?人々がそれを見て私も賛同しようと思ってくれるものでなければならない。活動も重要だが、啓蒙もすごく重要。政府ができないところで意見作りをする。
伊勢先生
これからのプロセスをどうするか。タイムテーブルを作ってやることが大事。市民国連というからには、大きな目的がないといけない。その中でどういう事業にするか。長期、中期、短期のタイムプラン。人材が集まっていく中で資金も集まっていくのでは。
山元先生
具体的な目的を絞りこんで始める。一つのことでいいから。学生部会を作った方がいい。しかるべき人に代表になってもらいたい。理事長、会長など。顔が大事。具体的なわかりやすい目的。理念も大事だけど、具体的にどう落とし込んでいくのかも大事。理念はみんなを集めるためのもの。スリム化した目的をはっきりさせないといけない。
大脇先生
ローマクラブのグローバル提言も最終的には末端のNGONPO活動にかかっているという結論でした。A.トインビーは国連も失敗する、市民社会の連合が良きガバナンスになるとも言っている。これからの時代は、地球市民が連携していくことが必要。

 (文責:山田.堀)

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 国連改革が提唱され久しいが、トインビーが予言しているように、国家を中心とする国連より、市民を主役とする協調の理想で  ある「市民の国連」の創設が期待されている。           (中野 有)

☆「衰退に至った文明の歴史の中に、必ずしも実現することに成功しなかったとしても,事態を収拾する別の解決法が発見されたこ とが認められる。それが“協調の理想”である。その精神が現代に現れたのが、国際連盟と国際連合である。国連そのものは、  世界のそれぞれの国の人民とは直接つながっていない。政府を通じてつながっている。人民に直接つながる国連が必要である。」                                                   A.トインビー「歴史の研究」

人類を滅亡させるか,それとも今後は単一の家族として暮らしていくことを学ぶか,この極端な二者択一を人類は迫られている。  人類を救うためには、私たちは宗教、文明、国籍、階級、人種などの伝統的な差異をのりこえて仲良く一緒に暮らしてゆく方   法を考えねばならない。仲良く一緒に暮らすことに成功するためには、わたしたちはお互いを知らなければならない。 
                                  『図説 歴史の研究』
1972

☆ 人間心理には合理性と自己中心性がある。「しかし単数(私〉の自己中性が唯一の悪徳なのではない。複数(我々)の自己中心  性もあるのである。アラビヤ語には、それを表すnahniyahという言葉がる。これを西欧の言葉に訳せばに翻訳すれば、egotismの   複数形として‘nosism’という言葉を作ることができる。」「集団的自己中心性は一層悪性である。なぜなら、一人の人間がた  だ個人のためにではなく、自分の家族、国家、教会の名において自己中心的に行動しているとき、自分は利他的に自己犠牲的に  行動していると誤って想像することができるからである。」     『歴史の研究・再考察』1961


市民国連の新しい出発」に関する懇談会のご案内

前略、
昨日,アフリカ国際協力市民フォーラムにご参加を賜り,ありがとうございました。

昨夜は160名の会場もほとんど満席の盛況で内容的にも感動的だったと参加者の方々からお電話がありました。

ご発言を頂いた諸先生のお話も国際性、国内影響力のあるNGO・NPOの役割が今後益々重要であるとご意見で一致していたようにも思われます。

2002年1月に発足した未来構想は2005年11月、市民国連を第46回未来構想フォーラムと併行して創設しました。その後、市民国連は2006年11月まで5回のフォーラムを開催し、40団体連携のもと地球的規模の問題解決を市民のネットワークで解決の道を探ろうと努力してまいりました。その成果はネットを通じて公表しています。
しかし2007年3月、諸般の事情から小生は一時市民国連から身を引くこととなりましたが、おもいがけないことに、本年4月、小生のも下へ市民国連が戻ってきました。

柴田先生ご夫妻が6月9日帰国されるあわただしい中ではありますが、下記のようにお時間をとってくださいましたので、市民国連の新たしい出発のために、基本構想、組織、資金問題等、根本的問題に対してご意見を頂く懇談会を開催致すことと相成りました。
                                                         草々
平成20年6月3日(火)
               大脇 準一郎   

NPO法人 未来戦略構想フォーラム/市民国連 代表
国際企業研究所 所長

〒180-0002武蔵野市吉祥寺本町1-28-3-209
Tel&Fax: 0422-26-9155 Cel: 070-5464-3614
Skype:junowaki e-mail:e-mirai@estate.ocn.ne.jp

               


名称:市民国連の新しい出発に関する懇談会

日時:2008年6月7日(土)午前10時〜12時

 参加(予定)者: (順不同・敬称略)
     1, 柴田孝男  カンサス大学 准教授
     2, 池亀美枝子 国連事務総長特別顧問室;アフリカ担当
     3, 黒河内康 元タンザニア・ナイジェリア大使,協力隊を育てる会常任理事
     4, 伊勢桃代  国連連大学 初代事務局長
     5, 山元雅信  山元学校校長
     6, 羽田令子  作家
     7, 一色宏   未来創庵 庵主
     8, 廣瀬輝夫  日本医療経営学会 理事長
     9, 大脇準一郎 未来構想・市民国連 代表
    10, 佐桑史基  未来構想・市民国連 事務局長
    11、水澤心吾  俳優
      その他、記録・接待スタッフ若干名