略歴
波多野敬雄 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%A4%9A%E9%87%8E%E6%95%AC%E9%9B%84
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波多野 敬雄(はたの よしお、1932年1月3日 - )は日本の外交官。元国連大使。第25代学習院長。前学習院長の田島義博の急逝に伴い選出された。任期は前学習院長、田島義博の残任期間となる2006年6月1日から2008年9月30日までである。
波多野敬直子爵の孫。
[編集] 略歴
1932年 - 父・波多野敬三、母・辰の四男として生まれる 1950年 - 学習院高等科卒業 1953年 - 東京大学法学部中退、外務省入省 1956年 - プリンストン大学卒業
1967年 - 吉田茂首相秘書官 1975年 - 大臣官房人事課長 1977年 - 大臣官房総務課長 1981年 - 在アメリカ合衆国特命全権公使
1982年 - 中近東アフリカ局長 1984年 - 大臣官房外務報道官兼昭和天皇御進講役 1987年 - 在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部、特命全権大使
1990年 - 在国際連合日本政府代表部、特命全権大使 1994年 - 財団法人フォーリン・プレスセンター理事長
2003年 - 学習院女子大学 学長 2006年 - 学校法人学習院 院長・理事長
[編集] 関連項目波多野氏 国連大使 学校法人学習院
校法人学習院(がっこうほうじんがくしゅういん)は学校法人にして、学習院大学などの設置者。 大学は100年以上の歴史と伝統を有する
関東地区の代表的な私立大学である 。
目次 [非表示]
1 学校法人学習院が設置している諸学校 1.1 大学 1.2 高等学校 1.3 中学校 1.4 小学校 1.5 幼稚園 2 学習院の沿革 3 歴代学習院院長一覧
4 外郭団体 5 外部リンク 旧宮内省による官立学校時代の学習院については学習院をご覧ください。学校法人 学習院
創立 1947年 学校種別 私立 学習院長 波多野敬雄 本部 東京都豊島区目白1-5-1 法人内
諸学校 学習院大学学習院女子大学 学習院高等科 学習院女子高等科 学習院中等科
学習院女子中等科 学習院初等科 学習院幼稚園 ウェブ サイト http://www.gakushuin.ac.jp
[編集] 学習院の沿革
学習院大学等の関連項目の当該節も参照されたい 1947年(昭和22年) 学習院学制・女子学習院学制廃止により。財団法人学習院となる。中等科・女子中等科を開設。
1948年(昭和23年) 新制学習院高等科・学習院女子高等科を開設する。 1949年(昭和24年) 学習院大学設置。中等科を戸山町に移転する。
1950年(昭和25年) 旧制学習院高等科を廃止する。 1951年(昭和26年) 財団法人から学校法人となる。
1957年(昭和32年) 中等科目白に移転する。 1963年(昭和38年) 学習院幼稚園を設置する。学習院創立八十五周年記念式典を挙行する。
1977年(昭和52年) 明治10年より数えて創立100周年を迎える。 1978年(昭和53年) 学習院創立百周年記念式典を挙行する。
1998年(平成10年) 学習院女子短期大学を改組して学習院女子大学を開設する。 1999年(平成11年) 学習院生涯学習センターを設置する。
2001年(平成13年) 女子短期大学を廃止する。 2002年(平成14年) 学習院創立百二十五周年記念式典を挙行する。
[編集] 歴代学習院院長一覧
官立学校時代の学習院の歴代院長は学習院の当該節を参照
代 氏名 就任時期 備考
第18代 安倍能成 1946年 - 1966年 文部大臣、哲学者 第19代 麻生磯次 1966年 - 1970年 元東京大学教養学部長、国文学者
第20代 櫻井和市 1970年 - 1981年 元学習院大学文学部教授、ドイツ文学者 第21代 磯部忠正 1981年 - 1987年 元学習院大学文学部教授、哲学者
第22代 内藤頼博 1987年 - 1993年 裁判官、弁護士、信州高遠藩内藤氏当主、元子爵 第23代 島津久厚 1993年 - 2002年 実業家、都城島津氏当主、元男爵
第24代 田島義博 2002年 - 2006年 元学習院大学経済学部教授、経済学者、経営学者 第25代 波多野敬雄 2006年 - 現職 元国連大使、前学習院女子大学学長
http://www.power-lecture.com/koushi_ha/hatano-yoshio03-08-02.html
波多野 敬雄氏(元国連大使・学習院女子大学学長) ●プロフィールはたの・よしお
1932年生まれ。53年に外交官領事官試験に合格し、東京大学法学部を中退して同年外務省に入省。米国、タイ、在パリOECD代表部など海外勤務を経て大臣官房総務課長、
在アメリカ日本大使館公使、中近東アフリカ局長、在ジュネーブ国際機関大使などを歴任。90年から約4年間国連大使。94年に退官し、外務省の外郭団体(財)「フォーリン・プレスセンター」理事長に就任。03年4月から現職。主な著書は「この一冊で世界が判る」(三笠書房)「日本人は国連を知らない」(書苑新社)など。
http://www.univpress.co.jp/gakushuin/5th.html#01
学習院の魅力を語るD【Vol. 5】個性と才能が伸びる学習院・たとえば… 【NEW!】
作家 塩野 七生氏 × 学習院長 波多野 敬雄 (2007年12月14日掲載)
波多野 「ローマ人の物語」十五巻を完結され、その上文化功労賞受賞おめでとうございます。大学時代から優等生だったんですか。
塩野 それがね、変わりダネで、私は元祖フリーターだと言っています(笑)。日比谷高校という当時秀才の集まるところから、学習院大学に来たら余りに自由でのびのびした校風なので、好き勝手なことをしていたら、だいぶ変人扱いを受けました。フェンシング部に入ったら、攻撃的過ぎて男子のチームに行けと言われたりして(笑)。
波多野 塩野さんらしくていいじゃないですか。大学の哲学科では、すばらしい先生方から一般教養(リベラル・アーツ)を叩き込まれたのが役立ったそうですが。
塩野 そう。おかげでヨーロッパに渡って、イギリスの名門校出身者と話がよくかみ合いました。大学ではギリシア、ラテン、中世思想史と超一流の教授陣、それに学生数が少ないので独占する形で吸収できたのは幸せでした。
波多野 先生が粒よりなのは今も同じ。雑誌に出る教授陣の評価でも学習院大学はたいがい日本中のベストテンに入ってます。そこで、これからの学習院には何を期待されますか。
塩野 学習院の校風にはおおらかな受容性があるので面白い創造的な学生がたくさん育つ。戦後の日本の教育は、画一的な人材を量産することには成功しましたが、その代償として特異な才能の持主が冷遇された。歴史を見ても、真っ当な人より、個性があって時には、危なっかしいような人に魅力があります。その点、学習院にはジョン・レノンのオノ・ヨーコさんのような人もいる。
波多野 なるほど。アニメの宮崎駿さんも特色ある学習院の卒業生ですけれど、僕がつきあった先輩の中で学習院らしいと思ったのは、高等科時代から随分思い切ったことを書いていた三島由紀夫です。確かに学習院には個性と才能を自由に伸ばせる環境があります。そして周りの学生もこれから良い刺激を受けるんです。
2007年12月14日 朝日新聞東京本社版朝刊、読売新聞東京本社版朝刊掲載)right(c) 2007 Daigaku Tsuushin. ---------------------------------------------------------------------
●講演テーマ 国連、米国そして日本
●講演の要点
波多野氏は1990年の湾岸戦争当時から約4年間、国連大使を務めたのを始め、外交官として多くの国際舞台で活躍。
講演ではまず「国連に過度な期待をしてはいけない。191カ国の加盟国が自分の国益を推進するために裏面工作するなど相当泥臭い、生臭い機関だ。日本もその中に入って国益を主張しなければならない。
特に世界の耳目が集中する安全保障理事会に入って発言の場を確保することが極めて重要である」と、日本の安全保障理事国入り、とりわけ常任理事国入りの必要性を説いています。
その上で国連を取り巻く各国の思惑や国連改革の問題点を具体的に示す。波多野氏によると、国連は経済分野では先進国と途上国の対立などで「成果が出ていない」とする半面、環境、人口、人権など社会分野では一応の成果を得ており、国連の存在意義が認められるという。政治分野では安全保障理事国の権限、特に常任理事国への過大な権限集中に問題がある、と指摘。
国連改革の最大の問題点はこの安全保障理事会の改革にあるとみます。その場合、途上国からの加盟国の選定の調整が課題という。
また日本の常任理事国入りの必要性を説くが「この問題に対する政治家、財界、マスコミなど国内のコンセンサスができていないことが最大の問題だ」厳しく問いかける。併せて日本が常任理事国に入ることは「発言の場を得ることであり、国益を主張できることになる」と強調しています。
田島先生を偲ぶ
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/eco/gakkai/pdf_files/keizai_ronsyuu/contents/4303/4303hatano.pdf
学習院長波多野敬雄
3 年余り前私が学習院女子大学の学長に就任した時,田島前院長は私が教育問題について知
識・経験がないことを御存知で「知らないということはマイナスばかりではない。知らないから
新しい発想で自由に行動出来るプラスがある」と云って励まして下さった。そしてある時「女子
大学なら出来ることも目白という大きな組織になると中々難しい」と歎かれたこともある。私が
女子大学に英語コミュニケーション学科を新設して,授業は全部英語,2 年生は全員カナダへ留
学,と云い出した時も全面的に支持して下さり,私はそれを一つの頼りにして女子大学内部での
反対意見を抑えたことがある。田島先生と私は元々学者と役人で,以前はそれ程親しくお付合い
頂く機会はなかったが,それでも政府関係の会議や社交の場でお会いすると,先生は私が学習院
で学んだことを御存知でよく声をかけて下さった。実に洒脱で趣味が広く話題が豊富で会話の上
手な方だった。笑い顔が魅力的でアゴ髯もよく似合った。「自分は田舎出で苦学した」と云われ
るのを聞いて私は半分冗談だと思って聞いていたものである。
私が女子大学に来てからは共通の趣味もあり昔からの親友のようにお付き合い頂いた。歌舞伎
は私も国際演劇協会の副会長を務めていて毎月歌舞伎座には通うが,学生時代から木戸御免とい
う田島先生の知識には到底敵わなかったので教えて頂いたことが多い。相撲は私も学習院初等科
の頃から双葉山時代の国技館へ行っていたので,若貴時代の相撲のエキスパートである田島先生
とはお互いの知識を補うように話が合った。それからマージャンがある。私も最近は殆んどやら
ないが,2 年程前波多野里望元教授が昔田島先生のマージャン仲間だったことから,田島先生が
里望夫妻と私を相手にスリー・ハタノズとやろうと云われて拙宅で設営したが,勝ち負けに拘わ
らない綺麗な打ち手で私が知らなかったマージャンのエチケット等も教えて頂いた。夜中まで楽
しい一日だった。
趣味と遊びの話ばかり書いてしまったので一寸気になる。「学習院大学経済論集」には相応し
くない気もする。但しそれが田島先生の人間としての幅と魅力を造り出しているだけに言及して
おかねばならない。何故なら先生は流通経済の教授を超えた存在だったのだから。
私は先生を大変尊敬している。というよりとても好きだった。私は長い間外交官を務めたが外
交官の第一要件は相手に信頼され好かれることであり,その点田島先生は良い外交官になっただ
ろう。その田島先生と何回か真剣に話し合ったことがある。議論になったこともある。それは学
習院,特に大学の人気をどのようにしたら高められるかということについてである。私はこの問
題についてこれから知恵を絞って努力してみたいと考えている。
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波多野 敬雄(はたの すみお)http://www3.grips.ac.jp/~oral/Japanese/Summary/hatano.htm
〔元国連大使〕 インタヴュー期間 2004年2月24日(全1回) インタヴュアー 石原直紀
場所 学習院女子大学学長室
キーワード 国連常駐代表、ブトロス・ガリ事務総長、明石康、カンボジア和平、国連安全保障理事会、シハヌーク国王(殿下)
【インタヴュー内容】
国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)への自衛隊の参加を含む日本のPKO政策に焦点を当てたオーラルヒストリーの
一環として、当時、国連大使であった波多野敬雄氏にインタヴューを行った。
波多野氏は、1953年に外務省に入省し、経済局欧州課長、アジア局経済二課長、南東アジア二課長、大臣官房人事課長、
総務課長、在米大使館公使、中近東アフリカ局長を歴任する。さらに、外務報道官、ジュネーブ国際機関日本政府代表部
大使を務めた後、1990年から国連常駐代表(国連大使)に就任した。
波多野氏は国連大使として、冷戦後最初の国連事務総長となったブトロス・ガリ氏と信頼関係を築き、明石康UNTAC事務総長
特別代表の任命、UNTACプロセスでの日本外交の支援など積極的に国連外交を展開する。
特に、日本贔屓だったブトロス・ガリ事務総長との交流や、同僚の他国の国連大使との交渉についての証言は、国連における
多国間外交のパーソナルな側面を生き生きと浮かび上がらせる。
さらに、同氏のインタヴューは、加盟国による国連PKOに参加する際の姿勢の相違、PKOにおける殉職に対する受け止め方の
違いなど、国連PKOを検証し考えるうえで参考となる示唆に富んだ内容となっている。同時に、冷戦終焉後の国連に対する
国際社会の期待感の高まりを背景とした当時の国連の雰囲気、カンボジアのみならず旧ユーゴやソマリアなどにおいて、
国連が次々と対応を迫られた地域紛争など、波多野氏の証言記録は国連外交の実態を浮き彫りにする。
基調講演 I 「日本のメディアと国際問題」http://www.unu.edu/hq/japanese/gs-j/gs2002j/hokkaido2/HatanoFullJ.pdf
波多野 敬雄 (財)フォーリンプレスセンター理事長
波多野でございます。よろしくお願い申し上げます。40分くらいお話をして、10
分くらいご質問を受けるようにという山中先生のお話で、もしも質問がなかったらどう
するのですか、と言ったら、まあ、そのときには10分くらい雑談でもしたらどうか、
というお話でございましたので、そういう心積もりでお話をさせていただきたいと思い
ます。
世はグローバル化時代と申しますけれども、日本ではここ数年のことでございます。
私がニューヨークに赴任いたしましたのは今から12年前のことですが、ニューヨーク
という街は別にそこに工場があるわけでもないし、大きな産業があるわけでもない。そ
れでいて世界の中心です。どうして世界の中心かというと、世界の金融界が全部、ニュ
ーヨークのマンハッタン、そのマンハッタンのしかも直径にして200メートル四方ほ
どしかないウォール街に集まっています。それがニューヨークをニューヨークたらしめ
ている所以なのですが、驚いたのは、ニューヨークにある銀行や証券会社が夕方、店じ
まいをしたあと、その日のお金の出し入れを生の数字でインドへ打つんです。そうする
とインド南西部にある昔のボンベイの避暑地があった山のなかにその電波を受けるお皿
が林立しています。そこで生の数字をニューヨークから受けて、それを朝、出勤してき
たインドの人たちが夕方までに過去の数字とつき合わせながら将来の予測を作りグラフ
と表にして、それをニューヨークに打ち返します。
そうすると、時差の関係でニューヨークでは次の日の朝、出勤してきたひとたちは、
自分の机の上に前日の取引がきれいに整理されて将来の予測まで添えられて置いてある
のを見るわけです。その情況を見て、11年前のことですが、世のなかはこれほどグロ
ーバルなものになったのかと、思ったたことがあります。インド人は、数字に強い人間
で、学校に行かない人でも自分の月給をどういうふうに計算してもらう方が得かといっ
たことで雇い主と細かく議論し、雇い主を負かしてしまうほど数字に強い民族です。な
にしろゼロを発見した人間ですから。ゼロを発見するのがどれほど難しいことか、私は
存じませんが...。いずれにせよ、その数字を打ってくる先が日本でもなければ韓国
でもなくてインドだということに、私は驚いたわけです。
ボンベイに世界で有数の工科大学、インディアン・インスティチュート・オブ・テク
ノロジー、IIT がありますが、卒業生の6割はアメリカに行く、3割がヨーロッパに行
く、そして1割がインドに残るといわれています。それほどにインドの経済、そしてイ
ンドの頭脳は、世界の一部になっています。
日本でグローバル時代と言われ始めたのは、ここ10年ぐらいです。ちょうど、イン
ドとウォール街との接触を見たあと、日本に帰ってきて、世界はこうなっているといっ
た話をすると、いや、日本もそういう時代になりつつある、という答えがよく返ってき
たものです。それが日本のグローバル時代の始まりだったと思います。
ヨーロッパに行くと共通通貨のおかげですべてがたいへん便利になっています。国境
を越えるときにお金を換える必要もない。30年、40年前はイギリスがアングロサク
ソンで、ドイツがゲルマンで、フランスがラテンでどうだとかいっていましたが、今や
そんなことを言う人はいません。ヨーロッパではライフスタイルも価値観も非常に似通
ってきています。
30年くらい前までのフランス人というのは、食べるために生きている。美味しいも
のを食べる目的で生きている。だから痩せるために美味しいものを食べないというのは
生活の目的自体を否定するわけだから、かれらはそんな犠牲は払わない。道路工事をす
る人も昼ごはんにはぶどう酒とチーズとパンをもってきていて、ぶどう酒を飲みながら
昼めしを食べる。それがフランス人だったと思うのですが、今や、パリのど真ん中にも
マクドナルドとかケンタッキーフライドチキンとか、そういった種類の店があって、な
かに入ると結構いい身なりをした人がサンドイッチとペリエかなにかで昼ごはんを済ま
せて、ワインなど飲まないひとがずいぶんいます。
他方、食べ物がまずいことで有名だったロンドンの町が、今やグルメの町になってい
る。昔のイギリス人は、食べるなどというのは生活の方便で、食べないと死ぬから食べ
るのであって、生活の目的はもっともっと高い趣味、次元にあったと思います。たとえ
ば、リタイヤして庭付きの家に住んでバラを育てるといったことが生活の目的であった
のだろうと思いますが、今や、ロンドンに行くと、フランスの観光案内書でいう三ツ星
のいちばんいいレストランなんていうのが5軒ぐらいずらりと並んでいたりします。た
しかにロンドンには良いレストランが増えましたね。このようにヨーロッパはグローバ
ル化が進んでいるのですが、日本はいまだに島国のまま取り残されているという感じが
いたします。
それではどういう点が島国的なのだと、よく質問というよりは詰問されことがありま
すが、私はいくつもあると思います。でも、特徴的な話が四つあるのではないかと思い
ます。ひとつは。日本人は危ない橋は渡らない人間です。だから国連の平和維持部隊に
参加するといっても、危ないことはしません。国連にいると、これを強く実感します。
さきほど、(北大)学長から秋野基金の話がありましたが、秋野さんが尊い生命を落と
されたことはたしかに残念ですし、彼の行動は尊敬すべきだと思いますが、外国ではあ
の程度の問題は新聞の片隅に載るだけです。あのような事件は日常いくらでも起こって
いるからです。日本の国内規定で自衛隊は平和維持部隊に2000名まで参加できるこ
とになっています。最近の東チモール以前にはもっとも多数が参加したのがカンボジア
で、このときが500名。次がアフリカのルワンダで、これにも500名近くが参加し
た。しかし、1名も死傷者を出していない。なぜならば、武器を携行できないのです。
通常はピストルくらいしか携行できない。しかも、そのピストルも正当防衛の目的にし
か使用できない。正当防衛というのは、自分が攻撃されそうになった時に自分の身を守
るためには射ってよいということです。そうなると、国連軍というのは各国軍隊の混成
部隊ですから、30メートル隣にはスウェーデン軍一個小隊の30人くらいが展開して
いるかもしれない。その小隊が攻撃されたときに、では日本はそのスウェーデン小隊を
守ってくれないのか、ということになる。これは守れません。自分が攻撃されているわ
けではないという理由からです。
平和維持部隊で外国に派遣されていても、紛争が起こったときには危ないから紛争の
現地には出ていかない。紛争が起きたら大変だ、ということで、みんな基地にこもって
しまうのです。ですから外国からすると、なんのための平和維持部隊かということにな
ってしまう。日本は現在、ゴラン高原にある、イスラエルとシリアとの間に引かれた休
戦ラインを監視する平和維持部隊の後方支援のために、自衛隊の50人の小隊を派遣し
ておりますが、この50人を派遣するときも、国連軍のオランダ人の現地司令官は「こ
れはいらない」と言ってきました。日本人を預かって、もし怪我でもさせたら厄介なこ
とになる。だから特別扱いしなければならないが、現場ではそんなことは難しい。50
人くらいなら、インドからでもパキスタンからでも集めることができるから「いらな
い」という話でした。しかし、日本は国連に20パーセントの分担金のお金を出してい
るわけですから、国連本部とすると日本側が折角50名出すといってきたのを受け入れ
ないのは、日本に対してたいへん失礼になるということで、50名を受け取れと現地に
指示して、50名の派遣が実現しました。
カンボジアでは自衛隊員ではない2名の方が命を落とされました。一人は警察の方で、
もう一人は国連のボランティアの方ですが、そうしましたら日本から政府の高官が国連
にやってきて事務総長のブトロス・ガリに会って「2名死んだ、2名死んだ」とくどい
ほど繰り返したことがあります。ガリはエジプト人で、本人は日本をよく知っていて日
本を非常に敬愛している人だったので、たいへん懇ろな弔意を表していただいたのです
けれども、相手があまり「2名死んだ。2名死んだ」と言うもので、「しかし、国連の
平和維持部隊ではすでに1000名以上が命を落としていますからね」と言った。その
とたん、日本側は話をつなげなくなって坐がすっかり白けて対話がそこで終わってしま
ったという記憶があります。
第二に、日本が島国であることの特徴としていえることは、外国人を歓迎しない、外
国人を日本に入れたがらないということだと思います。日本には不法滞在して働いてい
る人は相当数いると思うのですが、日本が正式に受け入れている外国人の数は極めて少
ない。だいたい、日本に定住している人の99パーセントの人が大和民族です。こうい
う国は世界にないと思います。最近はヨーロッパでも、もう移民はたくさんだと、移民
排斥運動が起きておりますが、これはもうすでに中近東や東欧などから人口の10パー
セント近くの難民または労働者を入れているので、もういいと言っているわけです。日
本ははじめから入れようとしない。99パーセントが大和民族で、はじめから「もう入
れないよ」といって頑張っている。いまから5年ほど前にジュネーブで当時、難民問題
の国連の最高責任者であった緒方貞子さんと食事をしておりましたら、緒方さんがポケ
ットから紙をだされて、見ると先進国による前年の難民受け入れ数の統計でした。ヨー
ロッパは小国が1000名単位、大国は数千名から1万名近く、そしてアメリカは万単
位で受け入れているのに、日本の欄には1名という数字が出ている。緒方さんは「この
1名というのはどういうことかしら」と首を傾げ、「ゼロならよく判る。ゼロなら日本
はもう入れないことにしているのだ、ということで説明がつくけれども、1名というの
は、入れてもいいけれど、意地悪していれないのかしら」と不思議がっていました。日
本に帰ってきてから、これを担当している法務省入国管理局の局長さんに電話を掛けて
「1名というのはどういうこと」と聞くと、「なるべく入れたくないが、ゼロという訳
にもいかないので1名としている」という返事でした。
翌年の新年宴会の席でその局長さんが私のところにやって参りまして「波多野さん、
今年からは受け入れ数を倍増しますからね」という。1名を2名にするというわけです。
わたしはこれは半分ジョークかな、と思ったのですが、面白い話なのでそれを雑誌に書
きました。そうしたら、それが偉い方の目にとまって、日本も受け入れ数を抜本的に増
やせということになり、一昨年から16名に増やした。法務省は、16名とは言うもの
の、実際には26名くらい入れている、と自慢しています。今から20年あまり前です
が、ベトナムで多数のボートピープルが発生したことがあります。ボートピープルとい
うのは、いかだやボートに乗ってまわりの国に流れつく人たちのことです。マレーシア、
インドネシア、香港、シンガポール、タイといった周辺の国は貧しい国ですが、流れつ
く何万人というベトナムのボートピープルを送り返すわけにもいかないので、自分の国
に収容所を作ってかれらを収容し食べさせた。
そのとき、日本もアジアの大国で豊かな国なのだから、日本も入れろよ、といわれて、
清水の舞台から飛び降りたつもりで1万名を受け入れました。1万名。ところが優秀な
人、とくに若い男の人はどんどん日本から出ていってしまう。食べるものも着るものも
十分に与えられ、お小遣いももらえるのに、出ていくというのは、日本の社会に本当に
受け入れられたと、かれらが感じていなかったためではないかと思います。僕は、そう
いう人たちは、日本のような国で一生懸命に働いてみても一旗揚げるチャンスはないと
判断して、アメリカやカナダやオーストラリアに行ったのだろうと考えています。そう
した人たちのかなりが、移った先で成功していますが、多分、日本で一生懸命に働いて
みても、あまり成功のチャンスはなかったかもしれない。逆に言えば、かれらは先見の
明があったのだと見ています。
本当は、日本の島国としての特徴にはあと二つ、英語の問題と、農産物を入れない、
とくにお米を輸入しないということがあります。英語の問題は、教育の問題であり、お
米の話は日本の政治の問題ですから、ここではあまりお話ししないことにして、先に移
らせていただくことにしたいと思います。
私が40数年前に外務省に入って最初に配属されたのが本省のアメリカ局安全保障課
というところでした。ちょうど、1960年安保、つまり現在の日米安全保障条約が締
結される前で、それをまとめる作業の末席の事務官として下働きをやっておりました。
まわりでは毎日のように安保反対デモが渦巻いていて、私は名前も所属も隠して裏口か
ら出勤する状態でした。日本の新聞などを読んでも、反対意見の方が強いように見え、
自分のやっていることは本当に日本のためになるのかなという感じがしたものです。当
時、安全保障条約を担当していた職員は20人くらいいたと思いますが、それを束ねて
交渉を統括していた下田武三さんという、のちに駐米大使を務め、プロ野球のコミッシ
ョナーもやられた方ですが、その下田さんがあるとき、われわれ職員を集めて次のよう
に言われたことがあります。「外交は世論に左右されてはいけない。世論に左右された
外交は失敗するものが非常に多い。日本の歴史を振り返ってみても、日露戦争を苦労し
てやっと終結にもっていった小村寿太郎は、帰ってきたときに焼き討ちにあって自分の
家を焼かれ、国際連盟を脱退して帰国した松岡洋右外務大臣の場合は旗の波に迎えられ
た。君たちも日米安保条約を担当していると、なにか悪いことをやっているような気が
するかもしれない。しかし、あとになってから日本の歴史、世界の歴史がこれが正しか
ったことを証明してくれるはずだ」と。
しかし、外交が世論に左右されてはいけないというのは、もう今の世の中では成り立
たない話で、外交は世論を代表しなければいけない、という時代になっていると思いま
す。役人は税金によって養ってもらって日本の国益のために尽くす。そのときに世論の
おもむくように外交を進めるのが外交のあるべき姿であって、世論に動かされないよう
な外交というのは現在の世の中では成り立たない、と思います。しかしその一方、いま
申し上げたように日本の世論のあり方がグローバル化時代から取り残されて、グローバ
ル化時代からかけ離れたものになっているということが、仮にその通りだとすれば、そ
の世論に動かされるのが正しい外交なのか、または世論に左右されない外交が正しいの
か。これは、外務省に入った者がみな悩んでいるところだと思います。そして世論に左
右されない外交の方が正しいというようなことを言う人や、その通り実行する人もいて、
これが外務省の悩みのひとつになっているのではないかと思います。残念ながら今は時
代が変わり、われわれもいろいろと大きな悩みを抱えていうというのが実情です。
今年の4月にスイスの経営開発研究所というのが、世界主要49カ国の経済競争力の
ランク付けをしました。日本は、10年前まではトップないしはトップ5位のなかにつ
ねに入っていました。ところが、今年は49カ国のなかで日本は30番目です。30位
というのはたしかチェコの次だったと思います。49カ国をいろいろな要素からランク
付けしているのですが、日本が一位ないし2位にある分野は実はかなりあります。たと
えば、総人口に対する高校卒業者数の割合とか長寿の割合ではもちろん日本がトップで
す。ところがそのなかでビリというのがいくつかあります。49カ国中のビリ。そのた
めに日本は49カ国中の30位という計算になってしまうのですが、ビリのひとつが文
化の閉鎖性です。それと日本での外国人の雇用機会、これがやはりビリです。そういう
ことで、日本という国はこれから変わるべきところを多々抱えていると思います。
日本の話ばかりいたしましたが、メディアというのはなにも日本だけの問題ではなく
て、メディアの偏向が目立つ国は少なくありません。私は現在も外国のプレスとのお付
き合いは多いのですが、たとえばアメリカの新聞などは、ニューヨークタイムズなどは
別として、明らかに間違っていることを書く。とくにイスラエルや中近東に関する問題
に関してはニューヨークタイムズを含めてアメリカの新聞はイスラエルに偏向している
と思います。これが、今やブッシュはイラク攻撃に踏み切るかもしれないとか、一方的
に攻撃するかもしれないといった懸念をかき立てる結果になっているわけです。イスラ
エルをアメリカの一部、つまりアメリカのひとつの州だと考えることにすれば、いまさ
らアメリカの新聞を批判するにも当たらないと思いますが、しかしイスラエルはあくま
でも中近東のひとつの独立国であると考えれば、パレスチナ問題についてアメリカの新
聞は明らかに偏向している。そのために、世界もずいぶんと迷惑しているわけです。つ
まりメディアの問題は日本だけではなくて世界のあらゆる国が抱える問題です。
今日は時間の関係もあって主に日本の問題について雑談をさせていただきました。ち
ょうど40分になりましたのでここで終わらせていただきます。私は、皆様の気に入ら
ないことや後味の悪い話ばかりするので、批判の手紙をいただくことや野次が飛んでく
ることもあります。 今日も皆様の気に障ることもあったと思いますが、それにも関ら
ず、ご静聴いただき有難うございました。
平成15年4月11日(金)
http://www.kyowakyokai.or.jp/getsureikai/getsureikai%2015-04.htm
講話 意見の分かれた国連の修復と日本の対応
講師 波多野敬雄先生(フォーリン・プレスセンター理事長、元国連大使)
いま、国連のあり方が問われております。イラク問題をめぐり、強硬姿勢をとったアメリカ・イギリス・スペインに対し、フランス・ドイツ・ロシア・中国などが消極姿勢をとり、国際連合安全保障理事会の主要国が二つの陣営に割れてしまいました。
また、3月20日に先端が開かれた「イラク戦争」も、緒戦の短期決戦との見方から、むしろかなり長期化するのではないかとの見方に変わってきており、それだけに、両陣営の修復も簡単ではない、と言われております。
当協会としては、創立された岸信介元総理が熱心な国連中心主義者であっただけに、国連が有効に機能するにはどうすべきか、日本は何をすべきか、事態を深く憂慮しております。
そこで、今回は、元外務省の中近東アフリカ局長をされ、そして、国連大使も務められました波多野敬雄先生に、頭記のテーマで御講話いただきました。
国連での体験も踏まえての波多野先生のお話は、いままで報道などから知られていないことも多く、大層勉強になりました。日本政府も、歴代国連大使の御体験をよく聞いて、日本国の国連内での活動のやり方を、根本から考え直していただきたいものだ、と痛感いたしました。
学 習 院 ----https://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/school/in.htm----------------------------------------------------------------------
昔の学習院とこれからの学習院 学習院長 波多野敬雄
学習院広報 平成18年7月発行第76号より抜粋
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私は今年五月末の学習院評議員会で学習院長に選任され、急逝された田島院長の残任期を務めることとなりました。
私にとって学習院は懐しい母校であり、昔幼稚園から戦争を挟んで高等科迄お世話になりました。その間私は
学習院で勉んだというより学習院に育てられたと思っています。戦後の高等科では野球部のピッチャーを務め、
教室と野球のグランドとどちらで過す時間が長かったか判りません。高等科の夏の甲子園大会予選では未だ
出場校数が少なかった時でもあり、真面目に甲子園行きを夢見たものです。その時の通信簿(成績表)には
担任の渡辺末吾先生が(余り良い成績ではないが)「野球を磨けながら、これだけの成績を維持することに
敬意を表する」と書いてくれました。学習院とはそんな学校でした。この様な学校生活によって得たものは、
倫理観、男の礼儀、先輩後輩との人間関係の他、丈夫な体、勝負の厳しさ等計り知れないものがあり、
その後四十年の外交官生活で私の貴重な資産でした。
学習院長 波多野敬雄
私は院長就任前の三年余り学習院女子大学の学長を務めました。長い役人生活の半分以上を外国勤務に過した私は日本の教育に携わった経験はなく、自信もありませんでした。その時田島前院長とお話ししていたら田島院長が「知らないということはマイナスばかりではない。知らないから新しい考え方で自由に行動できるプラスがある」という趣旨のことを云われました。私も女子大学では若干の反対意見を意識しながらも、可成り自分の思うことをやらせて頂きました。一応の成果は挙げた、と思っています。英語に専念して二年生の時は全員留学する英語コミュニケーション学科をこの四月から発足させた他、夏と春の休みにはラオス、カンボジアへボランティア活動実習に学生を派遣する制度も導入しました。ラオスは民宿で毎日歩いて川へ行水に行きます。それでも参加希望者が増えて引率する先生探しに苦労します。来年は出来ればサッカーで有名になったクロアチアの難民センターへ難民支援と奉仕のため学生を派遣したいとも考えています。この様な新しいことを始めると同時に学習院の持つ古くからの美徳と云うべきものは大事に育てます。女子大学では華道・茶道・書道・有職故実(着付け)の他、家元の先生が自ら担当する香道も正課に採り入れていますが、受講希望者が多くて抽籤で落選した生徒の父母から何時も文句を云われています。
私が担当した女子大学の話はほんの一例です。学習院では幼稚園から大学を通じて既に改革が実践されつつあります。平成三年に始められた「学習院二十一世紀計画」も当初計画された事業の大半を達成しました。そして現在は平成十四年策定の「学習院新長期計画」が具体的な形で推進されています。学習院大学の綜合キャンパス・プランと女子中等科・女子高等科の教育改革案もまとまりました。情報教育では「学習院情報ネットワーク委員会」が組織され、体制の整備と高度利用が進められています。しかし私にはそれでも末だ改革が充分ではないような気がするのです。
ここで書きたいことは沢山ありますが、私は就任直後(実は就任後一週間足らずで本稿を執筆しています)で勉強も不充分なので日頃感じている二点に絞ってみます。一つは広報・PRの重要性です。私はこんなに有名で、こんなに地の利を得て、且つこんなに教育内容も優れた大学が、期待する程人気が出ないのは何故だろうと考えています。これは今後の研究課題ですが一つはPRでしょう。私は外務省で広報を担当した時、外国への日本宣伝ばかりにお金と人を使う時代は過ぎつつあり、今や外交は国内広報・世論との調整に努力しなければならないと実感しました。外務省を引退して一時期朝のテレビ番組で桂文珍と組んで国際間題のコメンテーターをやっていた時には、イメージというものの重要性と難しさを思い知らされました。広報は一生懸命やれば効果が挙がるというものではなく、智慧で勝負するものです。大金を使って学習院という名前を広告してみても、学習院は既によく知られているので左程効果はないでしょう。今の学習院はどんな学校で、その教育内容が教室外のものを含めてどんなに優れているかを知らせなければなりません。世間では学習院というと何となく古くて遠いイメージがあるかもしれません。学習院は近くにあって新しい時代が求める教育を行い、しかも楽しい所だというイメージを造りだして、これを世間に植え付ける作業が必要でしょう。とても難しいことです。
次に学習院の一貫教育です。私自身幼稚園に何となく入って、そのまま高等科卒業直前迄入学試験等ということは意識したこともありませんでした。今思えば恵まれたユトリある学生生活でした。問題はこのユトリをどれだけ有益に活用するかです。実社会に出てみると教室で学んだことと同様に、又はそれ以上に対人関係、調整能力、更には精神的なものを含めた健康が物を云います。そうは云っても、自分は学習院を辞めて東大へ行きたいという学生はいるでしょう。しかし私が嬉しかったのは最近高等科の千葉科長と話している時、今年の高等科卒一番は学習院大学へ進学した、ということでした。聞いてみるとこれは珍しいことではなく、例年とも最優秀な高等科卒業生は学習院大学へ進学する例が多いのです。そんな学生は将来成功するでしょう。何故なら学業が優秀なことに加えて、ユトリを持って育っているからです。
他方男女高等科から進学する大学生は全体数の中では少数なのですから、学習院が一貫教育を誇れるためにはそれが外部から入学してくる多くの大学生にとっても、プラスの校風・学習院らしさとなって浸透するような事態が望まれます。学習院は日本一と云うべき歴史と伝統を有する学校です。我々はそれを誇りとし大切にします。しかしこれに安住しません。時代の変化は烈しいものがあります。少子高齢化もグローバライゼーションも予測を超える速度で進んでいます。私は学習院が時代を追い掛けるのでなく、スピード感を持って時代を先取りしていかなければならないと思っています。
学習院広報 平成15年12月1日発行第71号 学習院広報 平成15年7月1日発行第70号
学習院広報 平成14年12月1日発行第69号
学習院創立125周年 学習院広報 平成14年7月15日発行第68号
学習院広報 平成13年12月1日発行第65号 学習院広報 平成13年7月15日発行第64号
学習院広報 平成12年12月15日発行第63号 学習院広報 平成12年7月15日発行第62号
学習院広報 平成11年7月15日発行第60号 学習院広報 平成10年12月21日発行第59号
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キャンパス情報 目白キャンパス 学 習 院 大学 男子高等科 男子中等科 幼稚園 生涯学習センター
戸山キャンパス 女 子 大 学 女子高等科 女子中等科 四谷キャンパス 初 等 科
学校施設情報 沼津游泳場 八幡平松尾校舎 妙高高原寮 日光光徳小屋 蛇子沢小屋 西田幾多郎博士記念館
百周年記念会館 輔仁会館 互敬会館
学習院の同窓会が「桜友会」として、卒業生の相互理解・親睦と母校への支援に積極的な活動を展開していることはご存知の通りです。
学習院中等科・高等科におきましても、本校の教育理念である「日本の将来を担う人材育成を目指す少数一貫教育」の実現のためには、教職員・父母・卒業生が一体となった協力体制が求められ、卒業生有志と田中政次先生、名越茂夫先生を発起人として「中等科・高等科を支援する会」を発足させました。
その後この会は発展的に解消され、平成9年10月桜友会の下部組織として「中等科・高等科桜友会準備会」が結成されました。
そして、平成10年9月の中・高等科新校舎落成を機に、翌11年2月に第一回「中等科・高等科桜友会」の総会・懇親会が新校舎見学を兼ねて開催され、「中等科・高等科桜友会」が正式にスタートしました。
「中等科・高等科桜友会」では年一回の同窓会・総会懇親会を開催し卒業生の親睦を図るとともに、教職員方・父母会と協力し、中等科・高等科の益々の発展を物心両面から支援することを目的に活動して行きます。卒業生皆様の暖かいご理解とご支援をお願い申し上げます。
2005.06/選択より
波多野 敬雄《はたのよしお》(学習院女子大学学長・元国連代表部大使)
1932年、東京生まれ。東大法学部中退・外務省入省。中近東アフリカ局長、外務報道官などを経て90〜94年国連代表部大使、
その間安保理議長も務める。94年退官。フォーリン・プレスセンター理事長を経て2003年4月から現職。
国連安保理の常任理事国になろうと、政府、外務省は票集めに躍起です。見通しはどうですか。
波多野 国連を包む状況はそんなにやたらとは変わらないのですよ。アメリカがどう考えているか、それがすべてです。特に安保理の問題はですね。
そういう米国は常任理事国拡大に全然積極的でありません。
波多野 共和党保守派の雄だったヘルムズ前上院議員は外交委員長在任当時はっきり言っていた。「アメリカは国連を必要としない、国連がアメリカを必要としているのだ」とね。だから時には国連無視も意に介さない。安保理で常任理事国がふえて物事の決め方がややこしくなることなど、歓迎するはずないと思います。
現在の五カ国で十分だと。
波多野 インドが常任理事国として席を並べる……アメリカは真っ平の気持ちでしょう。米国に楯突くのが平気な国だから。現在のP5(五常任理事国)体制ならアメリカひとりが国連で自分の思った通りのことをやり通す力を持っている。中国も安保理における米との対立は避ける。
それでは、国連改革なんて言っても空念仏ではないですか。米国の拒否権一つで憲章改正などできなくなる。
波多野 そこが少し違う。今回の国連改革に関するアナン事務総長勧告は要するに百九十一にもなった加盟国の中で過半を占める途上国を、もっと重視しなければならない、ということです。常任理事国拡大だって、日独よりもブラジルとかインドとか南アあたりに席を与えることのほうが先にある。
さすがの米国も途上国無視の蛮勇は振るえない?
波多野 いや、アメリカが弱いのは自国の世論に対してです。私が国連大使だった一九九二年に、内戦状態のソマリアへ米国は海兵隊を送った。もともと米国はその安保理決議を支持する気は全くなかったのです。だが、マスコミ論調や人道団体が戦乱の中のソマリア国民を見殺しにするのか、とわめき立てた。政府は渋々と派兵を決める。しかし、案の定何の役にも立たず撤兵に追い込まれた。今回の国連改革でもアメリカ国内にそういう種類の世論の圧力がある。発展途上国を大事にするのは時代の大義ですから。
常任理事国ポスト拡大の枠組み決議が通るかどうかが、日本にとっても第一関門です。
波多野 先日(五月中旬)中国にちょっと行ってきました。日中韓の国連外交経験者が集まって、意見交換をしたわけです。その時、中国、韓国の元同僚たちから「安保理問題は何とかコンセンサス方式で決めることに同意してくれないか」と求められた。投票方式だけは勘弁してほしいということですね。私は、ハハア、彼らは票集めに失敗したのだな、と見当がついた。
拡大案を否決するには国連総会の三分の一、六十四票が要ります。
波多野 イタリア、韓国、パキスタンなど最強硬の反対派が十カ国、その周りにゆるい反対が十数カ国集まった段階らしい。
すると、日本も当確に?
波多野 先は長い。どんな形の常任理事国かも決まっていないし。しかし国連で安保理の権威と力は飛び抜けている。入っていないとダメですね。常任理事国拡大賛成が百七十カ国にでもなれば、アメリカも「そうか、国連を考え直してみよう」と言い出すかもしれない。 〈インタビュアー 伊藤光彦〉
シンポジウム Design for the World '99 東京 レポート http://www.voice-of-design.com/DWR/4.html
記念講演 「地球をめぐる21世紀の課題とデザイン」 波多野 敬雄
21世紀、国連は何をすべきか
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私は今、世界各国から16人選ばれた中の1人として、21世紀に国連が何をすべきかを考える会議に参加しています。話し合いの中から三つの方向・課題が出てきています。
第1は、21世紀は「グロ−バライゼーション」の流れが急速に進むであろうということです。それに従い光の部分と影の部分が出てくる。光の部分にはインターネット等の交信が益々便利になり 、レジャーも観光も盛んになるのですが、問題は影の部分です。グロ−バライゼーションの結果として、環境、人口、難民、エイズ感染、麻薬、地雷、テロというような問題が次々に出てくる。これをどう抑え対応するかが課題です。
第2は、「開発」の問題です。今、世界の4分の3以上の国々が援助を必要としています。これらの国が経済的に発展することが、世界のためでもあり、どのように開発援助を進めて行くかです。
第3は「安全保障」です。世界の安全をどのようにして保障していくか。これは平和の問題であり軍縮の問題でもあります。
次にこの三つの問題について話を進めたいと思いますが、同時にそれはデザインが関与し得る問題であり、この三つの問題がそれぞれ間接的にデザインの問題にも関係して、デザインの分野を通じて、これらの問題が何らかの形で緩和されればいいなと期待を持つわけです。
グロ−バライゼーションの影の諸問題
まず第1の「グロ−バライゼーション」の影の問題ですが、これは日本が主張しているのです。「20世紀は国の安全保障の時代。しかし21世紀は、人の安全保障の時代に移るのではないか」と。人の安全保障とは、グロ−バライゼーションの影の諸問題を、いかに処理するかということです。しかし、これが非常に難しい。先進国と途上国の間に大きな意見の対立があってどうしてもまとまらない。これが大きな問題であるという認識では16人の間で一致しているのですが。
いくつか例をとってみたいと思うのですが、まず『環境問題』があります。この問題は先進国にとって最重要課題と思われていますが途上国の意見と一致しません。「今のように地球を汚したのは先進国であって、その当事国が環境の基準を作ろうというのは、途上国は工業化するなということになる。処理するのはまず先進国がやるべきであり今後、途上国が工業化の過程において若干汚すかも知れないが、それは当然の権利である。」というのです。私は環境問題は、日本を含めた先進国自らがライフスタイルを変えることによってのみ、途上国に説得力を持ち得ると考えます。自らも改め、そして途上国へも要求することは要求する。それが地球のためであるというのが、これからの環境問題の解決のあり方だと思うのです。
次に『人権問題』がありますが、最も難しい問題です。7年前、国連のUNDP(国連開発計画)の年次報告書の標題は「自由と援助」でした。そしてそこに「自由の指標」と題して投げかけた質問がありました。「自由がない、民主主義がない、人権が蹂躙されている、そういう国が経済的に豊かになることは世界にとって良いことなのか」という疑問でしたが、途上国側が一斉に反発しました。特にアジアの国が強く反対したのです。アジアの論理は「豊かになれば結果として自由が生まれ、民主主義が生まれ、人権も尊重されるようになる」です。これは多分に真理を含んでいると私は思います。しかし中国はどうか。経済的に豊かになったとして、共産主義政府は国民に自由な投票権を与えるか。その場合、チベット、新彊(しんきょう)、内モンゴルはどうかと。結局アジアの論理は多分に真理を含んではいるけれどすべての国には適用できないという意見になったのです。
『人口問題』は、5年ごとに世界人口会議が開かれますが、前回のカイロで問題になったのは「そろそろ人口抑制のために人為的手段(産児制限というよりは人工中絶)に積極的な支援を与える必要がある」との意見が出たときです。カトリックの中枢であるバチカンが絶対反対を唱え、カトリック諸国、中米、南米の国々、更にイスラムの原理主義の国も反対し、結局人口問題のその対立は未だ解けていません。
『難民問題』は宗教の問題であり民族の問題がその背景にあります。コソボの場合のように人々が殺しあい民族浄化を行っている状況において、私たちは二つのことを行わなければいけない。一つはお金を出して難民を助けること。もう一つは難民を自分の国へどれだけ受け入れるかです。日本は受け入れに関して非常に消極的です。コソボはヨーロッパだからNATOを始め世界も関心を持ったが、アフリカでも同様なことが日常茶飯事におこなわれている。これからの世界は、こうしたことについても、より敏感になって行くでしょう。
以上がグロ−バライゼーションの進行に伴う問題です。それぞれが複雑な問題を含んでいてまだ解決の方途が見出せていないというのが正直なところです。
開発・援助をめぐる問題と国連機関
第2の「開発」の問題は、援助の問題であり、途上国を豊かにすることが世界のためであり、かつ援助国にもプラスとして跳ね返ってくるということについては、世界で一応の合意があると思います。但し、どのようにして効率的援助を行うか、そして国連がどのような役割を果たすかとなると全くコンセンサスが得られないというのが現状です。16人の間でも常に意見が対立する。というのもこの分野の援助の問題は国連の外で行われているからです。「ブレトンウッズ体制」の継承により金融の問題はIMF(世界銀行)、貿易の問題はWTO(世界貿易機関)で行われ国連は完全にバイパス状況におかれている。途上国は「他の問題は国連がやっているのに援助の問題はなぜ国連は発言権が持てないのか」という疑問を呈しています。一方先進国は「援助はそれぞれの国の納税者の税金に依っており、納税者にいかに有効に使われたかを説明する責任がある」として先進国の論理を優先しています。世界一の援助をしている日本人の考えだと「自助努力をしない国へいくら援助しても豊かにならない。無駄ではないのか」となりますが、国連に言わせると「日本は自助努力できる国ですが、アフリカの多くの国、他民族で宗教も異なり、教育程度も低い、政府も統治能力がない国にどうやって自助努力を期待するのですか。」となります。そういう国へはまず人道的な見地を優先する。これからの援助の最も重要な要素は「人道援助」であるというのが、世界の流れといえます。
もう一つ援助の流れに関していえば、二国間の援助と、国際機関を通じて行う方法があります。今まで日本も前者が多かったのですが国際的に段々と後者へ移行しているのが世界の流れだと思います。その場合、国連の中で有用な役割を果たす機関として、まず、UNDP(国連開発計画)があります。従来は調整役をやってきましたが、今後は自らお金を持って援助するようになるだろうと考えます。
人口問題を扱っているUNFPA(世界人口活動基金)へは、日本が圧倒的な資金援助を行っています。それと保健衛生問題を扱っているWHO(世界保健機関)、食糧問題のFAO(国連食糧農業機関)、更には教育・文化を扱っているUNESCO(国連教育科学文化機関)の地位は飛躍的に増大しなければならないし、する運命にあると思います。そして、援助の分野におけるデザインの役割は非常に重要であり、世界の期待も大きいと考えています。
安全保障と多様な価値観・文明
第3の「安全保障」の問題は、平和と軍縮の問題です。ここで一番複雑なのは人権問題とのからみです。最近の紛争の相当多くがそれで、典型例がコソボです。NATOの論理からすると「赤信号の向こう側で人がバッタリ倒れていた。赤信号だが渡ってその人を助けに行くことは違法だけれど正当である。やらなければならない」となる。それに対してアジアの国は「それは価値観の問題であり、アジアでは通用しない価値観なのではないか。国際法の中心的原則は内政不干渉にある」となります。アジアではインドネシアの「ムシャワラ」に代表されるように、あくまで話し合いで解決しようとなると思います。中近東も文明が違うしアフリカはもっと違う。
安全保障で一致しているのは紛争が起きる前の予防外交による調停です。
6年前、フォーリン・アフェアーズ誌に「文明の衝突」という論文が載りました。冷戦が終わって、これからは武器による紛争よりも、文明の衝突の方が、大きな問題ではないかと提議されました。最も典型的なのはイスラム文明と西洋の文明はどこで一致点を見出せるかという疑問です。そのことはイスラムに限らずアジア文明も西欧文明と一致点を見出すことが難しいかも知れない。そこで必要なのは相互理解・相互協力であり国境を越えたあらゆる分野の協力、特に文化・教育の協力が必要です。明らかに言えることは21世紀は政府の役割は小さくなり、民間の役割が大きくなると言うことです。そして民間に最も大きな影響力を持っているのはメディアであることをメディアに自覚していただき、その上でこのDesign for the Worldについても、力を尽くして頂ければありがたいと思う次第でございます。
第151回 国際問題に関する調査会2001年2月14日
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○国連改革と我が国の対応について
☆参考人 財団法人フォーリン・プレスセンター理事長 波多野 敬雄 氏 日本経済新聞社 編集委員 原田 勝広 氏
明治学院大学 国際学部教授 浅井 基文 氏
http://www.hirowaka.com/dietact/gijiroku2001.02.14_j.html
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○参考人(波多野敬雄君) 時間が限られておりますので、お手元に配付させていただきました発言レジュメに沿って、三点に絞ってお話ししたいと思います。
まず第一は、安全保障理事会とはどういう場であるかということ、第二に、常任理事国になったとして日本は何を発言するのか、
何をするのかということ、そして第三に、日本は常任理事国に果たしてなれるのか、その三つの問題をお話ししたいと思います。
まず第一に、安全保障理事会とはどういう場かということでございますけれども、多分、第二次大戦が終わって国連ができたときには、安全保障理事会というのは安全保障の問題を議論する場であって、経済の問題、難民の問題、人権の問題等は経済社会理事会で議論し、その他いろいろ委員会がございますから、分業になっていたんだと思うんです。ところが最近は、紛争の原因を探ってみると、その背後には難民の問題がある、飢餓の問題がある、人権の問題がある、民族問題がある、宗教問題があるということで、結局、安全保障の問題を論ずる場合にはその背後にある問題を全部洗ってみないといけないということになってしまって、ということは、国連でやっているすべての問題が安全保障理事会にかかっちゃうということになっているわけでございます。
例えば、アフリカで五万人難民が出たと、どこかで政権がひっくり返って五万人難民が出たといったら、翌朝直ちに招集されるのは安全保障理事会なのでございます。もちろん、難民の委員会もあるし、経済社会理事会もこの問題を扱うかもしれません。しかし、それは本国にこういう会議をやりたいですということを言って、本国から担当の人が来て意見を交わす、それまでの間に二週間かかり、場合によっては何カ月もかかってからその問題を討議するということになる。 私も、例えば日本のアフリカにおける貢献とかユーゴスラビアへの貢献とかいうときに、安全保障理事会で議論できなかった問題をそういう場に行って説明したことがありますけれども、見てみると大使の顔なんか一人もいない。若い人がノートもとらないで聞いている。ああ、これじゃ本国にも報告してもらえないなと思いながら言っていたら、案の定報告もしてもらえない。報告してもらっても課長が読んでそれで終わりになっちゃう。なぜならば、ほかの委員会にかかっているときにはもうそれは二番せんじ、三番せんじなんですね。問題が起こった次の日に安全保障理事会でその問題は討議されて、そこで大体の対応ぶりがもう決まっちゃっているんです。
ということで、安全保障理事会というのは国連の中で最も重要な討議する場、ある意味では安全保障理事会で発言しないとメンバー国に聞いてもらえないという感じですね。 私なんかが朝代表部に登庁しまして、そうすると、その日の会議日程がざっと配られている。その日、十、二十会議がある。安全保障理事会の議題だけは全部見るんです。というのは、安全保障理事会というのは、十五人が討議して、それが百八十九のメンバー国を拘束する決定をしちゃうかもしれないわけです。ほかの、人権の問題なり難民の問題なりなんなりは、そこへ代表の人を出しておけばその人が適当に答えて、本国に聞いて、日本の対応をそれから考えてもいい。しかし、安全保障理事会というのは拘束されるかもしれないということで、まず安全保障理事会の議題だけは百八十九の国の大使が全部その日の朝見る、そしてフォローアップしているということだと思います。 レジュメにも書いてございますけれども、ちょっと重要なのは、十五人でやっているということが非常に集まりやすい、集まりやすくてまた物を決めやすい組織なんですね。
我々も安全保障理事会のメンバーになっているときには、そのころはまだ余りはやっていなかった携帯電話を持ち歩いて、大変だと、今夜何時から会合をするからすぐ来いという連絡を受けたこともございますし、十五人で議論しているわけですから、そこで採決をとって、常任理事国五カ国を含んで九カ国が賛成ならばそれでもう決定、しかも拘束力を全加盟国に対して持ち得るということなので、非常に集まりやすい、決定しやすいというのが安保理が活用される一つの理由だと思います。 もう一つ、安全保障理事会がなぜ重要かということについて、安全保障理事会というのは安全保障の問題以外にも国連の最も重要な問題を討議することに憲章上なっているんです。例えば、事務総長の選任、これは総会でもやるけれども安全保障理事会でもやって両方が三分の二以上賛成しないと事務総長に選ばれない。
それから、新規の加盟。新規の加盟というのは余り重要なことでないように思われるかもしれませんけれども、私が安全保障理事会の議長をやっているときに一番苦労したのは、マケドニアという国がユーゴスラビアから分離してこれが国連に入ろうとしたときに、ギリシャが絶対に入れないと言って頑張るんですね。そうすると、常任理事国のうちの一つ二つがギリシャに加担する。というのは、ギリシャの移民がいろいろなところに行っていますから、そういうものの働きかけで常任理事国がマケドニアを入れないということを言い出す。これは大変な問題なんですね。独立国が国連のメンバーになれないというような事態になっちゃった。
私も、ですから、議長をやっておりますときにアメリカがイラクのミサイル基地を攻撃したとかアンゴラで動乱が起こったとかいろいろな問題がありましたけれども、一番時間を使ったのはこのマケドニアの加盟の問題。結局、マケドニアという名前をそのまま使わないで加盟させてやるという妥協案をつくったというようなことでございます。
事務総長の選出というのは、これがまた非常に重要なことで、中国がある事務総長の再選に対して十数回ビートーを、拒否権を連発したというのはよく語られる話でございますけれども、最近ではエジプトのブトロス・ガリがアメリカとの関係が悪かったがために再選されなかったという事例もあるわけでございます。
ということはどういうことになるかというと、事務総長は常任理事国を非常に大事にする、常任理事国といい関係を保っておかないと自分が再選させてもらえないということになっちゃうので、安全保障理事会と全く関係がないような問題でも、重大な問題が起こるとまずその五人の大使をそっと自分の事務室に呼んで、実はこういう問題があって困っているんだと、どうしようかというような話を五人だけにはするということで、常任理事国というのは非常に有利な立場に立って、国連の中で重きをなすという結果になるわけでございます。
次に、常任理事国になった場合に日本は何を言うのかと。これはよく言われる、よく私も聞かれる話で、常任理事国に日本はなりたいなりたいなんて言っているけれども、なりたいなんて言う前になったら何をするのかを明確にすべきだよと、日本の新聞でもそういうことを書いている新聞がございます。
まず、国連の中で最も重要なのは発言の場を確保するということなんですね。二カ国で議論している場合には、これは日本はいかがですかと相手が聞いてくれますから、日本の意見はこうですと、こう言えばいいわけですけれども、百八十九の国が何とかして発言しよう、発言の場を得て自分の国の宣伝をしよう、自分の国の意見を述べようとしているときに、日本もその中に割り込んで発言しなければ日本はもうパスされちゃうんです。という意味で、まず発言の場を確保するという重要性は、これは多数国会議では痛感するところでございます。
何を言うかということに関して、日本というのは非常にユニークな価値観を持った国なんですね。国連の中にいますと非常にそれを感じます。まず、常任理事国にもしなった場合に、日本だけが核を持たない国ということになりますから、非核、しかもほかの国が核を持つことに反対という立場を明確にしている日本はユニークな、特異な国と言えると思います。
それから、日本は人間の安全保障ということをいろいろ言っていますけれども、日本の言う人間の安全保障というのはほかの国の言う人間の安全保障と相当違うんですね。途上国が言う人間の安全保障というのは、要するに援助をもっとくれということなんです。人間の安全保障の基本は開発にある、援助しろということで、日本の言う安全保障というのは難民問題であり、人権問題であり、地雷の問題であり、感染症の問題でありという、そういう問題を人間の安全保障と考えているわけですけれども、そのとらえ方が非常に違うという意味で日本はいろいろ言わなければならないことがあると思います。
ここには書いてございませんけれども、難民問題についても、日本は難民問題についてめちゃくちゃにお金は出すけれども、受け入れるということになるとほとんど受け入れない国、これはもう極めて特異な国なんですね。四年前まで日本は年間一名、難民を受け入れたのは一名なんですよ。ほかの先進国は千名単位で受け入れているんです。アメリカは万名単位で受け入れている。日本は年間一名。一名は余り少ないじゃないかといって法務省の出入国管理局長に頼んだら去年から十六名にふえたんです、十六名。ということで、難民問題についても日本は非常に特異な国です。
それから、やはり一番日本が、いい悪いは別にして、特異なのは人命に関する価値観の問題です。
日本ほど人命を大切にする国はない。一人国連の関係で死んだりしたらもう各紙とも一面トップですよ。カンボジアで平和維持部隊に関連して二名の方が命を落とされたときに、東京から政府の高官が来て国連の事務総長のブトロス・ガリさんと会って二名死んだ二名死んだと言ったら、ブトロス・ガリさんも初めは懇ろな弔意を表していたんですけれども、余り二名死んだと言うもので途中で、しかしPKOではもう千名以上死んでますからねと言ったんですね。途端に二名死んだということが言えなくなっちゃったんです、日本は。座がすっかり白けて会話が終わっちゃったと。これは日本は決して悪いことをやっているわけじゃないんで、これも国連の中で言ったらいい。それから、南の立場に立って、南の立場に同情を払いながら北の立場を主張する国というのはやっぱり日本なんですね。
というようなことで、日本は非常にユニークな立場にありますから、言いたいことは幾らもある。一番言わなくちゃいけないのは、二〇%もお金を出しているんですから、民主主義の最も基本である代表なきところに課税なし、課税だけされているわけで、日本は湾岸紛争のときに百三十億ドル、国連の本部の予算が十三億ドルですからその十倍のお金を出しているけれども、会議には一切参加させてもらえないという屈辱的な思いをしたことがあるということで、日本はもうこれだけお金を出している以上当然意見を述べなければいけない。もっとも、そのときに日本に帰ってきて代表なきところに課税なしという話をしましたら反応が非常に冷たい。代表というのは何ですかと、日本は発言するとそんないいことありますかというような発言を聞いて、私も外国の常識と日本の常識とは非常に違うなと思ったことがございます。
そこで、私が体験した事例を二つだけ申し上げてみたいと思います。
一つはカンボジア問題で、第一首相がラナリット王子、第二首相がフン・センさんということで一応カンボジアの紛争が終了したんですけれども、反政府軍、クメールルージュという反政府軍がいろいろ軍事活動をしている。これを抑えるのにフランスは、フランスという名前を言っていいかどうかわかりませんけれども、一つ二つの常任理事国は、国連軍の武力とそれからカンボジア政府の武力で制圧しちゃえばいいじゃないかということを言ったんです。そのときに日本が、いや、それはだめだ、シアヌーク国王の意見を聞いても武力は使わないでくれと言っている、だから武力は使わないで話し合いであくまで解決するんだといって頑張って、日本が頑張ったがためにカンボジアでは結局武力を使わないで和平が達成されたんです。
それからもう一つ、ユーゴスラビアの問題で、私が安保理に入って最初にやった演説というのは、ユーゴスラビアでPKOを国連が派遣するかどうかという問題について、私は自分の演説の中で、幾らかかるのか、私が非常に高い物を買うときには正札を見ますよ、値段が幾らなのかなということを見てから派遣するかどうかを決めますよ、幾らかかるんですかということを言ったんです。そうしたら、反応が全く冷たくてみんな黙っている。十四人のほかの大使はみんな黙っていて、それで会議が終わったら私のところへ来て、ミスター波多野、我々は平和を議論しているんですよ、平和に正札なんかついてないですよということを言ったんです。ところが、二年たって私が安保理を去るときにイギリスの大使がスピーチをやってくれて、その中で、波多野が二年前に値段を見てからPKOの派遣を考えろということを言ったけれども、このごろは我々も幾ら費用がかかるかを見るようになっていますよということをイギリスの大使が言ったのを思い出します。
日本が学ぶべきことというのをちょっとここへ書いてあって、これはまあ飛ばしてもいいことなんですけれども、日本は日本に関係がある地域には大変に関心を持つんですけれども、日本に関係がない地域、例えばユーゴスラビアのボスニアがどうなるかとかコソボがどうなるかとかいう話になるとすっかり関心を失っちゃうんですね。
ところが、ニュージーランドは日本と一緒に安全保障理事会の非常任理事国になったんですけれども、非常任理事国になった途端に彼は紛争地をぐるぐるっと回るんです。そうするとニュージーランドに、こういうことを言ってください、私の国の立場はこういうことですからどうぞお願いしますと言って、もういろんな国の大統領、首相がニュージーランドの外務大臣に頼むんですね。ですから、あらゆる問題についてニュージーランドは、この問題はこうでなきゃいけない、ああでなきゃいけないといって物すごく頑張るんです。ということで、世界じゅうがニュージーランドというのは頼りになるな、これからはニュージーランドに頼みに行こうということになってしまうということで、日本はアジアだけじゃなくて世界じゅうのあらゆる問題についてみずからの強い主張を持つべきだというのが私のこれは一つの反省点でございます。
もう一つ、PKOに積極的に参加するかどうかというのは、これは常任理事国になるかどうかということとはちょっと別の問題で、常任理事国になるからPKOに参加しなければならないというその直接の関連性は全くない問題だと思います。
そこで最後に、もう時間もなくなってまいりましたので、果たして日本は常任理事国になれるんだろうかということでございますけれども、日本は国連の中で多分最も選挙に強い国だと思います。というのは、日本はお金を出して口を出さないわけですから、だから世界じゅうから何となく日本というのはいい国だなと、何となく一票を投じてやろうというような気にはなっているんです。
一九九二年に私が国連におりますときに、日本は安保理の非常任理事国になりまして、最後のプロセスとして総会で無記名の秘密投票があるんです。無記名の秘密投票で、多くのアフリカの大使なんかは本国からの訓令なんかないんだと思います。好きなように国の名前を書いているんだと思います。日本はそのときに百六十一票投票した中で百五十八票とったんです。それを当時の海部総理に報告したら海部総理が非常に喜ばれて、日本に投票しなかった三つの国はどこだと言われたんだそうですけれども、それはちょっとよくわかりませんということなんです。
それから、その次、一九九七年、八年、日本は小和田大使のときですけれども、また非常任理事国になりましたけれども、そのときにはインドが絶対にアジアを代表して非常任理事国になりたいということで、日本とインドが最後の総会の票集めの競争をしたんです。インドというのは非同盟国のリーダーですから票数を集めるのが最も強い国だと言われているんですけれども、そのときに票をあけてみたらば日本は百四十二票、インドは四十票ということで、そのとき私は議場におりましたけれども、議場がわっと騒然としたのを思い出します。というほどに日本は投票に強い国なんです。
しかし、日本が安全保障理事会の常任理事国になるためにはパッケージとして一括五カ国なら五カ国でなるほかはない。というのは、日本とドイツは有力な国だから常任理事国にしようというのも一つの重要な配慮でございますけれども、もう一つ安全保障理事会の改革のためには南の力をもうちょっと強めなければいけない、南の代表を強化しなければいけないという配慮があるわけです。国連ができましたときには五十一カ国、これは北の方が多分多かったんだと思いますから、そのときの体制がもうほとんどそのまま残っているわけですけれども、現在は百八十九カ国、ということは百三十八カ国それ以降ふえているわけでございます。しかし、南の発言権というのはそれほどふえてない。百三十八カ国のほとんどが南の国なんだと思いますけれども、南の国の安保理における体制はそれほど強化されてないということで、日本とドイツを入れるということより、ほかの国から見てもっと重要な配慮というのは南の発言権をどれだけ強めるかということなんだと思います。
ということは、日本とドイツを入れるのならばそれは先進国だから少なくとも南側の国を三つ入れろと。ラテンアメリカから一つ、アジアから一つ、アフリカから一つ入れろと。しかし、それでも足りないということで、非常任理事国をあとできれば六つふやしてそれでそれを振り割りたいと。しかし、六つはちょっと無理だということで日本は四つと言っているんですけれども、非常任理事国をラテンアメリカ、アジア、アフリカ、それからアメリカはもう一つ余ったものを旧ソ連から分離した東欧の国に一つ与えたいと言っているんです。
もう一つはどこへ行くかわかりませんけれども、いずれにしろ常任理事国以外に非常任理事国のポストを四つふやすことによって常任理事国に日本もなりやすくなるし、ドイツもなりやすくなるし、ブラジルもなりやすくなるし、インドもなりやすくなるし、またアフリカの一カ国もなりやすくなる。というのは、ブラジルがなろうとすればアルゼンチンとメキシコが絶対反対と。ブラジルがなるならおれたちだと。インドがなろうとすれば、隣のパキスタンはカシミールで戦争をしておりますから絶対に反対と。また、インドネシアも、パキスタンが反対するならパキスタンよりおれの方が将来性はあるんだからということで、じゃ、おれも常任理事国になれるかなというような気さえ起こしてしまう。というようなことで、そのパッケージになってのみ日本は入れる、そのときには常任理事国五つプラス非常任理事国四つというようなことになるのではないかと思います。 それに反対している国はどこかというと、今申し上げたように、常任理事国にはなれないけれどもそれに準ずるような中大国なんですね。カナダとかイタリアとかスペインとかパキスタンとかインドネシアとかメキシコとかアルゼンチンとかエジプトとか、こういう国は自分はどうも常任理事国にはなれそうもないなと。自分がなれないならばインドもなるべきでないよ、ブラジルもなるべきではないよということで、そういう国がコーヒー・グループというグループをつくって、核となる国が十カ国ぐらい、それにあと十カ国ぐらい、もしかしたら何かいいことがあるかと思ってそのグループに入っている国がいるかと思いますが、二十カ国ぐらいいるんだと思います。
二十カ国か三十カ国のことだとすれば、国連憲章の改正というのは三分の二でできるわけですから、国連憲章の改正を強引に通すことはできるんだと思います。しかし、カナダを敵にし、メキシコを敵にし、アルゼンチンを敵にし、イタリアを敵にし、スペインを敵にし、エジプトを敵にするということは、やはり国連として政治的にちょっとできない、そういう国は余りにも国連として重要であるということで、そういう国をいかになだめるか、いかに抑え込むかということが重要になるんですけれども、これは日本独自の力で果たしてそこまでできるかどうか。
私は、これができるのはアメリカではないだろうかと。アメリカがやっぱり本当に国連改革をやって、日本、ドイツを常任理事国にしたいと思うなら、アメリカが本当に努力してくれなければならない、またアメリカが本当にやればカナダもメキシコもアルゼンチンももうしようがないということになるだろうというふうに思っております。
以上でございます。
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。 次に、原田参考人から御意見をお述べいただきます。原田参考人。
○参考人(原田勝広君) 意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
九〇年代前半にニューヨークで国連を担当いたしまして、現在も日本で国連を担当している、そういう経験と立場からこの問題について簡単に意見を述べたいと思います。 お手元のレジュメに沿って述べたいと思います。
まず、常任理事国入りは手段であるということです。 いろんな議論を聞いておりまして感じることは、常任理事国になるならないというその一点にかなりこだわり過ぎた議論が非常に多いような気がします。私は、日本の常任理事国入りというのは必ず実現するし、またそうならなければならないと考えておりますけれども、そのこと自体以上に大切なのはそのプロセスであると思います。日本の真の国連外交の樹立と、そのために日本は変わらなければいけない、常任理事国に入るということはむしろその途上にあるべきものであるというふうな認識が必要ではないかと思います。
日本が国連を、日本が変わり、それによって国連を変え、それを通して世界の平和の問題に日本がかかわっていく。これが、戦後日本というのは非常に平和を享受してきたわけですけれども、日本が国際社会の一員としてそういうことをするのが当然の義務であり、また世界が日本に期待しているものというのはそういうことであるというふうに思います。 次に、国連幻想を捨てよと強調したいと思います。
国連は、こう言っては言い過ぎかもしれませんけれども、一種の虚構なんですね。つまり、憲章にありますけれども、集団安全保障をうたって、これを脅かすものは国連軍によって軍事的制裁をするのだということをうたってありますけれども、実際には国連軍というのが存在していないということを見てもわかるとおり、その目指したものと現実というものには非常に大きな乖離がある。しかし、日本は敗戦後、五六年に加盟を認められて、これでやっと世界の仲間に入ったんだというその喜びというか感激がありまして、そのことによって、一方で余りにも国連というものに対する過剰期待と申しますか幻想というものを抱いてしまって、どうも論議がかみ合っていないのではないかと。
九四年に、私もニューヨークにおりましたけれども、日本が常任理事国になれるかもしれないという雰囲気があったんですけれども、そのときに日本から聞こえてきた声というのは推されてなるという論だったんですね。私はそのときに思ったのは、横綱が協会に推挙されるみたいな推されてなる、つまりだれかが推薦してくれてありがたくお受けするという形を感じたんですけれども、そういうものではないと。つまり、これは国益に沿ってかち取る座である、常任理事国というのはそういうものであるというふうに思っております。
次に、国連とは安保理のことである。 御承知のとおり、国連というのは安保理のほかに、事務総長をトップにいただく事務局それから国連総会が三つの主要な機関でありまして、そのほかにも経社理でありますとか国際司法裁判所とか関連機関があるわけですけれども、この中で安保理というのは一番強力な権限を持っているわけですね。
この主要三機関の、例えば政府と官庁と国会みたいなようなイメージがあるんですけれども、これは全く違います。例えば、国会で何かを決めてもだれも従わない、閣議で例えば勝手に決めてしまう、そこで何を話したかという情報も公開されないということがもしあれば、国会議員の皆さんも非常にお怒りになるのではないかと思いますけれども、実際に国連で行われているのはそういうことなんですね。安保理が決め、その過程と情報については公表しない、こういう組織であるということがなかなか一般には知られていないのが残念であります。 五大国はしかるべき分担金も負担せずに既得権にしがみついていると。例えば、国連憲章を見てみましても、いまだに中華民国あるいはソ連という言葉がありまして、これは実態を反映していないわけですけれども、常任理事国の間の仲間内のなれ合いと申しますか、そういうことで動いてしまっているわけです。
ということで、いろんな批判が多いんですけれども、これは第二次世界大戦の遺制といいますか遺物と申しますか、そういうことから考えるとある意味では当然でありまして、国連に期待される地球規模の問題というのを考える機関としてはふさわしくないのではないかということから、国連を変えなくてはいけない、改革が必要であるという観点から日本は貢献ができるし、またしなければならないんではないかというふうに考えております。
四番目、国連像を描けということですけれども、国連の視点を持てということはつまるところ二十一世紀の国連像を描けということになると思うんですけれども、それは日本がアメリカを筆頭とする常任理事国と途上国、特にアジアの国々とどうつき合うかという問題、さらにはPKOそれから開発といった問題にどういうふうに対処していくのかという問題であると思います。
基本的には米国との協調が非常に大切であるのではないかと思います。英米の協力なしに安保理改革というのは進みません。それから、先ほど申し上げましたように、フランス、ロシア、中国というのは既得権に非常に敏感になっていますだけに、かつての戦勝国の利害を無視するということはなかなか難しいのではないかと。その一方で、戦後、数を増し、さらに世界の安全保障において非常に無視できない存在である発展途上国、彼らを安保理の常任理事国の枠外に置くということは安保理の正統性そのものが疑われるということで、日本としましては途上国の常任理事国入りに積極的に支持を表明していくべきではないかと。
この際、日本が、自分がなりたいなりたいということだけではなくて、アジアに足場を置いたアプローチ、核を持っていない非常に平和で豊かな国である、こういう日本はアジアのいわばロールモデルでありまして、アジアにおいていい兄貴分としてアジアの声を安保理に届けるという発想を持ってアジアの各国の理解を得るべきではないでしょうか。
続きましてPKOですけれども、東ティモールのPKOにはアジアの十三カ国を含む四十五カ国が参加しておりますけれども、日本の自衛隊、文民警察の姿はありません。ボスニアそれからコソボというのは日本からははるかに遠くて、日本のプレゼンスがなくてもそれほど影響はないかもしれませんけれども、東ティモールというのは本当にすぐそこです。独立のために頑張っている人たち、それから彼らを支援する人たち、こういう人たちと一緒に日本が動かないということは、日本の信用というものをどれだけ失墜しているかということを考えますと非常に残念な思いがいたします。
私が国連取材で非常に印象に残りましたのは、PKFという概念がないということであります。日本を出る前にいろいろ知識を詰め込んだんですけれども、自衛の武器だけを持っている軽武装のものがPKOで、非常に重武装であるのがPKFであるという認識を持ってニューヨークに参ったわけですけれども、国連ではすべてPKOなんですね。選挙監視の人とか行政官とか文民警察、それから軍隊まで全部入っているんですけれども、これが一つのまとまりになっているわけです。すべてPKOで、たしか軍事部門というのはフォーシズとかミリタリーフォーシズとかいう言葉を使っていたと思いますけれども、要するにすべてPKOであると。
これに対して、日本から流れてくるニュース及び帰国してからのニュースを見ておりますと、日本では何かPKFという独立した概念があって、しかもそれがあたかもPKOと対立するような非常に奇妙な議論が行われている。新聞もよくそのような観点から間違っていると私は思うんですけれども、例えば東ティモールが独立の際に非常に混乱する、現地が国連に対してピースキーピング・フォーシズを送ってほしい、こういう要請をしますと、日本の新聞は国連にPKF派遣を要請と、こういうふうに報道するわけですね。これは正しくはPKOの派遣を要請なわけです。そして、国連としましては、とても混乱していてこれは手に負えないということで、たしかオーストラリアを中心に多国籍軍の派遣を承認したと思うんですけれども、そうするとまた新聞にはPKF派遣と、こういうふうに出るわけです。
たまたま同じ新聞の政治面に、本体業務であるPKF凍結解除問題を国会で論議とかそういうものが載ったりします。それから、日本はPKO法で本体業務のPKFは凍結されていて、こういう部隊に自衛隊を送れないんだというような解説がある。そうすると、読者というか一般の方々は、オーストラリア軍の重武装の兵隊を見てとてもこういう仕事は自衛隊ではできない、無理だなというふうに感じるんですけれども、国会で凍結されているというのはPKOの中の軍事部門のはずでありまして、多国籍軍というのは全く想定していないはずなんですね。だから、全然別の次元なのにあたかも同じようなものとして国民が印象を受け、国会でもそういう議論が行われているのではないかと。つまり、ちょっと長々述べましたけれども、要は実態とかけ離れた議論が行われているのではないかということについて危惧をするわけであります。
強調したいのは、PKOというのはもともと積極的に武力行使をするわけではないということでありまして、それが極端に変わったのは平和執行部隊用にPKOを転用したと。これはブトロス・ガリ前事務総長が九二年に打ち出しました「平和への課題」の中で平和執行部隊を提言したということなんですけれども、このときは本来二十カ国から二万人を集めようとしたんですけれども、各国は軍を提供しなかったんですね。平和執行部隊というのは、ですから存在しないんです。しないけれどもPKOを転用したということで、基本的に概念が違います。ですから、ボスニア及びソマリアで失敗したというのは、本来のPKOの能力、機能からすると当然というか当たり前のことでありました。現在どうなっているかといいますと、その業務といいますか技能を行っているのは多国籍軍でありまして、PKOはほとんど平和強制から撤退しておりまして伝統的PKOに回帰しているということであります。
ですから、選択的PKO参加をしたらどうかということは、多国籍軍に日本は出る必要は全くないと思います。PKOも七章下のPKOは拒否して、そうではないPKOに参加すべきであると。日本がそんな勝手なことができるのかという議論はあると思いますけれども、常任理事国はもともとPKOには非常に冷たいというか消極的な姿勢でありますから、日本が仮にそういう態度をとっても全く問題はないというふうに考えております。
その関連で、最近、津田塾大の学長の志村さんも参加されまして、国連平和活動検討パネルというところがPKOの報告書を出しております。委員長の名前をとってブラヒミ・リポートというふうに呼ばれておりますけれども、これは第四世代というか、新しいこれからのPKOがどういうふうにあるべきかということを話し合った委員会でありますけれども、これはPKO三原則にのっとって、人的、装備的な強化はするけれども、自衛の範囲内でやると、つまり防衛力を強化するのだという新しいPKO像を描いております。また、もう一点では、紛争解決後の国づくりに励む平和構築活動、ピース・ビルディング・オペレーションと言っておりますけれども、このPBOを組み込んだ複合型のPKOを前面に打ち出しておりまして、これにつきましてはカナダでありますとか日本でもJICAが相当研究を進めておりまして、日本としてはぜひともこういう第四世代のPKOに貢献すべきではないかというふうに考えます。
それから次は、ドイツをモデルにPKO参加をということですけれども、これは時間もありませんので詳しく説明しませんけれども、一つは、段階的に財政貢献から物資補給、医療など戦闘にかかわらない分野、さらには警察官、そして軍隊という段階を踏むことが大切であろうということと、ドイツはNATOとEUという軍事的、政治的枠組みの中で参加しておりますので周辺国の理解を得やすいということで、日本でもASEAN地域フォーラム、ARFの活性化を通じてアジアの信頼を得ながら参加するということが非常に重要ではないかと思います。 財政改革支持継続を。
これも簡単に説明しますけれども、日本は分担金が御承知のとおり二位と非常に高いということで、これだけ負担が多いのに常任理事国になれないという、両者を絡ませて負担を下げるというような声もありますけれども、それは非常に当然であり理解できるんですけれども、余りお金と常任理事国入りというのを結びつけますと、日本は常任理事国のいすをお金で買おうとしているというようなあらぬ非難も受けるので十分注意が必要であろうと。
また、この通常予算の額というものは年間にしますとちょうど藤沢市の一般会計の予算くらい、特に藤沢でなくてもいいんですけれども、例えばということで申し上げたいのは、そんなに大きな額ではないということなんですね。ですから、これを引き下げるというよりも、この程度は負担し続けながら常任理事国入りの重要な材料と申しますかそういう方に使う手もあるのではないかと。有利なカードをわざわざ捨てる必要はないのかという考えも成り立つと思います。 次に、新しいアクターとのパートナーシップをということであります。
新しい国連を考える場合に、地球的な規模の問題が非常に山積しておりまして、これが国連の新しい役割と思いますけれども、相対的に国家の役割が低下する中で国連の地位の低下を防ぐためには、例えばNGOでありますとか企業でありますとか一般市民でありますとか、そういう人たちとの連携が非常に重要で、これはもう五年ほど前から、例えばグローバルガバナンス委員会等でNGO、市民運動、多国籍企業などの多様なアクターを含まないと政府だけではガバナンスは維持できないということが指摘されておりまして、全くそのとおりであります。
アナン事務総長もおととし、九九年のダボスでの世界経済フォーラムでグローバル・コンパクトという概念を打ち出しました。これは、グローバル化がもたらす挑戦に取り組むには、国家だけではなくて企業であるとか市民社会にも国連の活動に参加してもらいたいという呼びかけでありまして、昨年七月には五十社が参加しました。三年間で多国籍企業百社、ローカルの会社百社に参加してもらって、環境とか人権とか労働基準の分野で普遍的な原則を守り、そういうものを促進する活動を展開しようとしております。
企業との連携ということは実は日本の得意わざでもあるわけです。最近、NGOと行政、経済界が連帯しましてジャパン・プラットフォームというのが結成されましたけれども、これは皆さん御存じかどうかわかりませんけれども、難民及び自然災害の際の援助というものを目指しておりまして、さきのインド地震で現地にテントを持っていったり、いろんなものを配ったりというのが初仕事でありましたけれども、こういう国益とか安全保障の概念が広がっております。
難民ですとか、環境ですとか、人権ですとか、エイズですとか、そういうものを安保理でも扱い始めている時代にありまして、日本もこういう問題に関心を持っているんだと、しかも日本のなし得ることもあるんだということを印象づけるためには、こういう活動を後ろからサポートするというか、バックアップするというか、そういうことが非常に大切ではないかと。
例えば、難民にしましても、UNHCRに年間一億三千八百万ドルも出しているんですけれども、プロジェクトを見てみますと、二百万ドル以上のプロジェクト、これは二〇〇〇年だったと思いますけれども、三百三十四件のプロジェクトがある中で日本のNGOがやったというのはたった二件なんですね。そのほかは全部欧米のNGOがやっていて、日本がお金を出しているのに現地で動いているのは欧米の方々ということで、日本人の顔が全く見えない。見えないだけならいいんですけれども、そういうことを承知していながら日本人は何をしているんだと、難民を助けることもしないのかという、まさにあらぬ非難を受けるような実態というのはとても納得できるものではなく、やはり日本のNGOが活動できるようにバックアップが必要ではないかと。
このプラットフォームには現在審議中の来年度予算に初動資金として五億円が流れるということになっておりますけれども、たまたま今度のインド大地震では外務省予算が間に合わずに彼らも動けないんじゃないかということで非常に心配したんですけれども、幸い経団連が動き出しまして、各企業が援助に乗り出しております。
これが非常にいいのは、例えば企業がお金を出すといっても社長が出すわけではなくて、そういうところもあるかもしれませんけれども、各従業員に呼びかけて従業員の人が企業として出す。あるいは、あるスーパーがスーパーの各店に募金箱を置いて、そこに消費者の方々がお金を出すということで、経団連が出していると言うといかにも利益を目的とした組織がその中から出しているという印象を受けるんですけれども、実はそういうところを通して一般国民と非常につながっているというところが来るべき二十一世紀の市民社会というものをほうふつとさせて、非常にいい話ではないかというふうに感じるわけです。
最後に、今後の問題ですけれども、こういう常任理事国入りといいますのは区切りというものが必要でありまして、例えば二〇〇五年を目標にして具体的な戦略の詰めを行ったらどうかというようなことを考えるわけです。
現情勢ですけれども、昨年十一月に国連総会で安保理改革について公開討論があった際に、加盟百八十九カ国のうち百十カ国が演説したんですけれども、七十三カ国は常任と非常任双方の拡大に賛成しております。これは比率からいきますと三分の二を占めておりまして、数からだけ申しますと見通しは非常に明るい。しかも、議席数も二十四ということでおおむね合意ができているということは、アナン事務総長がさきに来日した際に記者会見で明らかにしております。アメリカのホルブルック前国連大使も、これまでの二十から二十一までということから一歩抜け出しまして、それ以上の可能性もあるというようなことを言明しております。問題は、実効性、効率性の維持が可能かどうかということでありまして、当然、今後は拒否権の問題が焦点になるのではないかと。 いずれにしましても、新しくスタートしましたブッシュ政権の支持をどう取りつけるかというところがポイントになるかと思います。
最後に、最近の世論調査で、常任理事国入り賛成が六七%、九四年当時は五六%でありましたので、急激にその割合はふえているということを指摘しまして、私の意見陳述を終わりたいと思います。 ありがとうございました。
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。 次に、浅井参考人から御意見をお述べいただきます。浅井参考人。
参考人(浅井基文君) ありがとうございます。 二つの問題がございますけれども、まず最初に国連改革と日本の対応ということで、井上理事がおっしゃったように、今の国連憲章の規定では、常任理事国は自動的に軍事参謀委員会のメンバーになるということになり、しかもその軍事参謀委員会というのは、国連が行う軍事行動において非常に重要な役割を果たすことが予定されているという点におきまして、仮に今後の安全保障理事会の改革が第四十三条以降の軍事参謀委員会の機能について何も手を触れないということであるならば、自動的に軍事参謀委員会のメンバーになる形での安全保障理事会常任理事国入りというのは、私は憲法に抵触する問題であろうというふうに判断いたします。 したがって、私たちが考えなければならないのは、安保理改革に当たってそういう軍事参謀委員会の、実際は有名無実であるわけではありますけれども、そういう規定、要するに憲法との関係で抵触する規定、そういうものについてもちゃんと視野に入れてそれをどうするかという問題を国民的な議論の大きなポイントの一つとして取り上げなければならないだろうというふうに私は考えております。 くどいようでございますけれども、この点が何ら手を触れられない形での安保理改革に終わるようでございましたら、私は日本が安全保障理事会の理事国になることは憲法上の大問題があるというふうに認識いたします。 それから、コソボ問題でございますけれども、理事がおっしゃいましたように、コソボに対する、コソボといいますかユーゴに対するNATOの空爆というのは、空爆開始前からかなりフランスなどを中心としまして問題が指摘されていたわけですね。しかし、それを強行した。なぜそのときにアメリカが安全保障理事会にこの問題をかけなかったのかということが非常に大きなポイントとしてあるわけです。 それはなぜかといったらば、非常にはっきりしているように、ロシア、中国が安全保障理事会常任理事国として拒否権を発動するということが目に見えていた。ということは、仮にアメリカがユーゴに対する空爆について安全保障理事会決議を得ようとするとそれが拒否されるということになりますから、その結果は、それでもなおアメリカがユーゴ空爆に踏み切ればそれは明らかに国連憲章違反ということになるわけですね。したがって、それはもう非常に国際法違反という本質が露骨にあらわれる結果を招く。したがって、アメリカはそういう目に見えている最もまずい策をとるよりは、むしろ安全保障理事会をバイパスしてみずからの行動を全く別の理由、すなわち人道、人権、民主主義というような理由で正当化するという手段をとったというふうに考えざるを得ないわけです。 しかし、これはアメリカの非常に私は独善的な行動だと思うわけでありまして、その点につきましては何もロシア、中国だけではなくて、ユーゴ空爆が終わってから、フランス、ドイツ、イタリア、それからさらにはイギリスの議会におきましてもこのユーゴ空爆が正しかったのかということが大きく取り上げられるようになっている。そして、むしろある新聞の、ちょっとタイトルは忘れましたけれども、新聞によればこのユーゴ空爆方式というのは今回限りの行動で終わらせるべきであるという議論も出てきたということであります。 一言だけ付言させていただきたいんですけれども、実は日本とアメリカとの新ガイドライン安保におきましても、実は安全保障理事会の決議がなくしてもアメリカが軍事行動をとる場合には日本がそれに協力するということが予定されております。これはまさにユーゴ空爆の事態と国際法的には全く同じ問題なんですね。したがいまして、私はNATOのユーゴ空爆というこの重大な問題というものは、私たち自身の問題としても認識しておく必要があるということを付言させていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○佐々木知子君 きょうは三人の参考人の先生方、お忙しいところどうもありがとうございました。 波多野参考人のお話にありましたように、国際会議において発言の場を確保することが重要であること、そして日本というのは特異なスタンスを持っているから、それについて発言すべきであると、非常に役に立つことをお伺いしたと思います。 金は出すけれども口を出さないのでいい国だと思われているというのは本当にちょっと悲しい現実なんですけれども、ここのところを私聞き逃したのかもわからないのですが、「但しパッケージ(グループ)としてのみ加入可能」であって、「何故二十四か。」というところのちょっと御説明をもう少しいただきたいということ。 それから、冷戦が終わりましてからアメリカのプレゼンスというのは一段と増してきて、唯一の超大国ということになってまいりました。国連改革ないし安保理改革というときにはアメリカの存在というのが以前よりもずっと増してきたと思うんですけれども、アメリカという国は周知の事実ですけれども国連の分担金も滞納し続けております。 私は、IPU会議という、列国会議と呼ばれておりますけれども、明治時代から続いている国会議員の会議に昨年の秋、インドネシアに出席してまいりましたけれども、ここでもアメリカのみ参加はしていない。全く国際会議的なことはアメリカは軽視する姿勢をとっているというようなことでございまして、今回のユーゴの空爆のときでも安保理をもう全く無視する姿勢をとっている。 こういうようなアメリカの姿勢というものがある限り、国連を日本が幾ら改革しようとかいうことを言っても余り意味がないようなことになるのではないかというのを危惧しておりまして、今度政権が変わったということで、これからアメリカが国連ないし国際機関というものに対するスタンスをどのように変えていくのか、あるいはこのままなのか、変わる可能性があるのか、そういうようなことについて、できましたら三人の参考人の方々にそれぞれお伺いしたいと思います。
○参考人(波多野敬雄君) 二つ御質問ございましたけれども、第一の御質問につきましては、国連改革というのは二つ目的があると。一つは、日本とドイツのような分担金も多いし、国際的にも政治的にも経済的にも強い、そういう国はやはり常任理事国にすることが国連のためであるというのが第一。第二は、国連ができて以来百三十八の国が新たに加盟して、その大部分が南の国だ、途上国であるということになると、やっぱり途上国の発言権をもっと安保理の中においても強めなければいけないという、その二つ目的があるんだと思うんです。 日本はその第一の目的のことばかり考えているんですけれども、国連の中にいますと第二の目的の方がどっちかというと国が多いだけにプレッシャーも強いという感じがいたします。したがって、日本とドイツだけが常任理事国になればまたさらに先進国の力が強くなっちゃうわけですから、それに見合って途上国に、日本、ドイツの加盟をカバーして、さらに余りあるだけの力を与えようじゃないかということでパッケージという案が出てきて、常任理事国として日独に対してと途上国から三つ、さらにそれでも足りないから非常任理事国として四つとか六つとかアメリカは一つとか、非常任理事国もさらに加えて南のボイスを高めようということがこのパッケージの理由だと思います。 もう一つのアメリカの国連に対する態度ですけれども、去年、アメリカの上院議員の外交委員長のヘルムズというのがアメリカのホルブルック大使に連れられて安保理事会に堂々とあらわれてスピーチをやったんです。そのときに、外交委員長ですから大変に権限があるんですが、アメリカは国連なんかに入っている必要はないんですよ、アメリカは国連を必要としません、国連がアメリカを必要としているんでしょうということを彼は堂々とスピーチをやっているんです。 アメリカというのは残念ながらそういう国なんですね。これはモンロー主義以来、アメリカというのは孤立しても生きていける。今度アラスカにNMD、ミサイルを撃ち落とす設備を全部置いて外国から来るミサイルはそこで撃ち落としちゃって、自分たちは安全を期そうと。それに伴ってロシアとの間のABM条約はもう破棄しようと。やはり孤立主義的な発想というのはアメリカの外交の中で動かせない、アメリカというのは地理的にもまた国力の面からいってもそういう国であるという前提で考えざるを得ないと思います。 ただ、そこで一つ、さっきのユーゴの問題、今御質問にありましたのでユーゴの問題について言及すれば、もしかしたらば新しい国際法ができつつあるのかもしれない。従来の国際法からいえば、NATOのユーゴ・コソボ攻撃は明らかに国際法違反でございますけれども、しかし人権の問題ということになるともう国の中がおさまらないんですね、アメリカはもうほっぽっておけないと。ロシア、中国というような国は人権に対する配慮が足りないんだよと。人権を無視している国なんで、そういう国にビートー権を与えているからといって、そういう国が拒否権を持っているからといって人権じゅうりんをほっぽっておけるのかというのが世論としてわっと盛り上がっちゃって、もう政府として動かざるを得ないような状態になっちゃうんですね。これは悪いことであるかいいことであるか、アメリカというのはそういう国である、世論に動かされちゃう国である。そして、人権というものがそれだけアメリカというのは重要な国であると。一見国際法に違反したようなことも人権のためならばせざるを得ないというのがアメリカの世論であるということなのだと思います。
○参考人(原田勝広君) 途上国の常任理事国入りにつきましては非常に難しい問題がありまして、つまり、日本、ドイツは多分すんなりいくと思いますけれども、各国によって、例えばアフリカの場合は、アジア、中南米、アフリカと一議席ずつ想定していますけれども、エジプト、南ア、ナイジェリアという強力な候補国がありまして、これは三カ国ローテーションで一議席持っていて中で回してもらうというような方法とか、各地域によって事情が違うのでとりあえず地域を決めて一議席として、あとは中でいろんな形、一カ国に固まればいいと思うんですけれども、その各地域の事情によって選んでいただくというのが一番すんなりいくのではないかなというふうに考えています。 それから、アメリカですけれども、アメリカは非常に国連との距離のとり方が変わってきたと思います。 当初は、当時ブッシュ、お父さんの方ですけれども、国連に九二年に来て演説したときは、非常にそれまでとは違って国連と協力したいというニュアンスをかなり出してきまして、その後クリントン大統領にかわりまして、彼も、選挙演説中に二人ともすごく国連ににじり寄ってきたと申しますか、非常に当時国連ブームだったものですから、これに乗ることが自分の選挙戦に有利みたいな雰囲気がありまして、クリントン候補もかなり積極的に国連に、私の記憶では緊急展開部隊を派遣してもいいというようなことをたしか公約していたような記憶があります。 それで、当選後もその公約を実行すべく大統領令、たしか一三号だったと思うんですけれども用意しまして、部隊も派遣する、積極的に協力する、場合によっては指揮権も国連に渡してもいいというようなところまで内容を詰めたんですけれども、議会のヘルムズさんなど反対派からとんでもないという声が出て、中でもんでいるうちにソマリアとかボスニアのいわゆる平和執行部隊失敗の話がありまして、そこから国内世論を受けて急に遠ざかっていきまして、だんだん本音が出てきたといいますか、やはり国益のために国連を利用するんだというスタンスがだんだん強くなってきたんではないかと思います。その流れでいくと、今度のブッシュさんの姿勢もかなり国連とは遠いものであろうと。 ユーゴの空爆に関しましては、私も国際法違反だと思うんですけれども、やっぱりアメリカのスタンスが、国益に沿う場合は利用するけれどもそうじゃない場合は避けると。これは、ある意味で国連というのが、先ほど申し上げましたけれども、非常に欠陥の多い組織なんですね。ですから、これを出すとどこかの国が拒否権を使ってしまう、それでいいのか。つまり、そこで人権無視の行動が行われている場合に、そこでストップしてしまってアメリカの責任が果たせるかなということを議論したと思うんですね。ですから、アメリカはもちろん突出していますけれども、少なくとも同盟国の中での合意というものを前提として行ったと。その理由は、国連がこういう点については十分機能しないおそれがあるということの懸念があったんだと思います。 ですから、結論としましては、例えば憲章にこうあるからこうであるという議論は、一応理論的にもっともなように聞こえますけれども、国連というのはそれ以上に政治の場であるということでありまして、人権を守る、そのために何かするという前提があれば、国益あるいは世界の共通益のためにそういうことは十分に起こり得ると。それが国際法に従って正しいかどうかというのはまた別の問題で、それは今後一致すべきものであるというふうに多くの方は考えているので、それを何とか融合させたい、させるべきだと思いますけれども、それをもって日本が常任理事国に参加しないということは全く話は別であるというふうに思います。
○広中和歌子君 もう既に多くの御質問、そしてお答えがあったわけで、少し重なるかもしれませんけれども、最初に波多野大使にお伺いして、もし御意見があればあとの質問に関してはお答えいただける方に答えていただければと思います。
波多野大使は、国連大使として安保理のメンバーでないためにさまざまな場面でフラストレーションを感じられ、そういう中で御発言があったわけなんですけれども、国連改革ということが言われながらなかなかそれが実現していないというそういう現状の中で、本当に可能であるというふうに思っていらっしゃるのか、そのことについてお伺いいたします。
それから、私の世代ですと、国連というのは非常に輝ける星のような気持ちで、国際社会の中で新しい平和を築いていく、そういう枠組みとして迎え入れたわけなんですけれども、先ほどの浅井参考人のお言葉にもありましたように、安保理を初めとして非常に硬直化している部分というのがあるのではないかと。
そういう中で現実の対応として、例えばG8のようなクラブ、組織であるとか、EUであるとかNATOであるとかASEAN、APEC、そういうふうにさまざまな地域フォーラム、こういうものができてきて、結局、国連の権威というものを少しずつ傷つける、損なっていく、そういう傾向があるのではないかと思うわけでございますけれども、国連とこうした地域フォーラムなど、それからG8というのがございますよね、そういうものとのかかわり、それは共存して当たり前と思われるのか、あるいは国連がだんだんフェードアウトしていくのか、それとも再び何か世界国家的なイメージで国連が世界の中で中心的な役割を果たすようになるのか、もしそういうことが可能としたらどういうきっかけでそういうことが起こり得るのかという、大変難しい問題なんですけれども、それをお伺いいたします。
それから、私は最近よくアジアに旅行いたしまして、アジアの中の日本という言葉は大変すばらしいと思うんですけれども、植民地時代、いわゆる二十世紀の初頭から日本はやはりアジアのためと称しながら余りアジアのためにやってこなかったということで、アジアの中の日本、好ましい言葉なんですけれども、そういう中できっちり日本が自分たちを位置づけるような可能性があるんだろうかと。
例えばG8の中に、これは先進国クラブですけれども、例えば中国とかインドとか、事実上非常に大きな国でございますけれども、こういう国を入れようとする、少なくとも日本側からのイニシアチブというのはとられたんでしょうかといったようなことが頭に浮かびましたので、御質問させていただきました。 以上です。
○参考人(波多野敬雄君) まず第一の国連改革の問題でございますけれども、私、実は国連改革のための十六人委員会というのが世界から指名されておりまして、その中に入っておりまして、先週の月曜、ニューヨークでその会議をやってまいりましたけれども、国連を強化するために、地域機構の上に立つ世界的な機構として強化するためにどうやったらいいかといういろんな案が出ていて、結局うまくいかないんですね。ですから、今はどうやって国連を改革するかということを暗中模索中なんですけれども、私は、さっきの浅井参考人の意見とは違って、日本が外からこの問題を提起してみても国連は改善されないと思います。それを改善する方法として、日本はみずから安全保障理事会の常任理事国になって、こうすべきであるということを言えば相当の発言権があるであろうと思います。
現実に、エジプト等が繰り返し繰り返しその十六人委員会の会議で申しますのは、国連には本来権限があるんだと、総会で決定すればいいじゃないかと言うんですけれども、総会で決定してみても先進国は言うことを聞かないんです。先進国は、貿易の問題はWTOでやり、金融の問題はIMFでやり、援助の問題は世銀でやるということにしちゃって、国連の外で動いちゃっている。それじゃ、もう国連はこのまま衰退するのかというと、しかし国連には総会という機構もあるし、安全保障理事会という機構もあるし、これを活性化する余地はまだある。そのために日本も中に入って努力すべきであろうという感じがいたします。
それからもう一つ、アジアの中の日本という言葉でございますけれども、これは明らかに少数意見なんでございますけれども、私が国連にいて感ずることは、日本というのは、常任理事国になったらばもちろん、またはなるためにもアジアの日本ということではいけないんだと思っております。世界の日本なんです。日本はユーゴスラビアにも多大な関心を持ち、南米のコロンビアにもペルーにもメキシコの民族問題にも多大の関心を持つ、そういう国になってこそ常任理事国として世界から歓迎されるのだと思っております。
アジアの意見を代表するということには必ずしも私は拘泥すべきでないと思いますし、現に国連の中で選挙のときに票集めをやって一番難しいのはアジアの票集めでございます。アフリカの五十二票と中南米の三十三票、これは日本が頼めば、日本には日ごろからお世話になっているという感じがあって日本に来るんです。アジアの票というのは、やはり日ごろ日本に調子のいいことを言っている国も、いざ投票するとなると非常にちゅうちょする。というのは、やはりアジアの国にとってもう日本からは相当経済的なプレッシャーを受けていますよと、もうこれ以上政治的に強い国ができることは必ずしも歓迎しないという気があるのだと思います。
その場合の日本に対する期待というのは、やはり中国が異常にこのごろは強くなって、近い将来スーパーパワー、アメリカと並ぶスーパーパワーになるかもしれないと。それに対する一つの抵抗力として日本に期待するという声はアジアの中にあるのだと思っております。
○松あきら君 きょうはお三人の参考人の先生方、ありがとうございます。
私は、この調査会に入れていただいて新米でございますので、まだ国連について自分の意見を述べたことはございません。きょうが初めてだというふうに思います。
いろいろ伺っておりまして、私自身は、日本はアメリカに次いで第二の経済大国であるということは世界じゅうの人が認めている。だから威張っていいものではありません。分担金も二〇%払っています。いろんな意味で常任理事国には入るべきだと私は思っております。やはり、なぜこれになかなか賛成していただけないのかなという私自身の気持ちがございますけれども、もちろんさまざまなお話を伺っておりまして、いろんな理由があってなかなか、皆さんが全員が賛成していただければ入れるんですけれども、そうはいかない。
しかし、波多野大使は、日本が常任理事国入りすれば、今国連がなかなか改革が進まないと私も思っております。常任理事国入りすれば、国連の改革のリーダーシップがとれるのかなというところで、一つそれを伺いたいと思います。
そしてまた、国連にできることは限られているという空気があると思うんですけれども、これはどこから来ているのかというふうに思うんですけれども、これも波多野大使に伺いたいというふうに思います。
それから、浅井先生は、とにかく日本人というのは国連がすばらしいものだ、絶対的なものだと思い込みがちであると、国連というのは完全無欠でないことを知るべきだというふうに、理想の存在ではないというふうにおっしゃっていたと思うんですけれども、もちろんそうなんです。いろんな理由はあるでしょうけれども。
私も、国連に視察に行きましたときに職員が少ないなという、もう少し日本人の国連の職員が多くてもいいんじゃないかななんと思ったんですけれども、例えば国連の職員をふやすことを初め、何というんですか、理想の存在じゃない、こういうことをある程度知るためにはほかにどんな手段が有効だというふうに思われるでしょうか。
それから、原田参考人は、PKOというのは選択的に参加をすればいいんじゃないかというふうにおっしゃっておられました。私も例えば常任理事国入りしたから全部が全部これに参加しなければいけないとは思っておりませんし、例えばドイツをモデルになんということもおっしゃいましたけれども、財政的貢献とか物資補給、医療など、戦闘にかかわらない分野で日本はできる限りのことをしますよということも可能ではないかなと思いますけれども、その辺をひとつ詳しく教えていただきたいと思います。 以上でございます。
○会長(関谷勝嗣君) それでは、質問されました順番にお願いします。まず、波多野参考人。
○参考人(波多野敬雄君) 二つ御質問になられましたが、最初の方のはもう一度ちょっと。
○松あきら君 なかなか国連改革ができない。今改革のお話もなさいまして、私も日本が安保理の常任理事国入りすべきだというふうに思っております。そして、この改革がなかなか進まない、しかし日本が理事国入りをしたら改革というのが進んでいく、あるいはリーダーシップをとる一端になれるのかどうかというところが第一問の質問でございます。
○参考人(波多野敬雄君) 第一の質問と第二の質問と関連づけてお答えしていいのかよくわかりませんけれども、先週の月曜日に国連改革の十六人の会議というのをニューヨークでやったときに、議長を務めておりましたノルウェーの大使がまず最初に言ったのは、自分は最近国連に着任した、そこで安保理もだんだんと改善されているし、アメリカとの関係もだんだんよくなっているしといいことばかり言って、ただ一つ自分が驚いたことがある、それは南北の対立がますます激化しつつあることであると。それは、国連の中でも南と北との対立が激化しつつある。国連の外でも、例えばWTOのシアトル会議などというのは南北の対立でデッドロックになってしまったということでございますけれども。 私は、国連がこれから直面すべき問題が二つあると思っております。 一つは、南北の対立の激化をどうやって防いでいくか、南北をどうやって調和させていくかという問題。もう一つは、国連がNGO、シビルソサエティーという言葉を使うんですけれども、要するにNGOでございますね、NGOとどういう関係をこれから育てていくか、政府の外の諸団体の声をどうやって国連に反映させるか、その二つが国連が今直面している大きな問題ではないかと思うんですけれども。 第一の南北問題については、日本はある意味では片足を南に、片足を北に突っ込んでいる国で、一番極端な例は人権の委員会というのがありまして、日本が必ず人権の委員会にアジアの国から選出されるんです。というのは、中国もミャンマーもインドネシアも人権問題で北側からいつも攻撃されている。しかし、日本ならばアジアの考え方がよくわかってくれるだろうと、だから日本を選出して、自分たちが言っても聞いてくれないことを日本に言ってもらえば北も聞く耳を持つだろうということで選出されるんです。 他方、北側は、日本が人権委員会に入ってきたな、大歓迎だと。日本こそアジアにあって同じ民主主義を奉ずる国だから、その日本が、本当の民主主義というのはこういうものですよ、人権の尊重というのはこういうものですよということを中国に言い、インドネシアに言い、ミャンマーに言ってくれればアジアの諸国も聞く耳を持つだろうと、両方から期待されているんです。両方から期待されて、その役割を十分に果たし得ていないところに問題があるんですけれども、しかし、日本はそういう役割を果たし得る地位に立っているのだと思います。そして、それが第二の問題のお答えにもなるのではないかと思います。
○参考人(浅井基文君) 安保理が完全無欠ではないということを国民がもっとしっかり、はっきり認識するためにはどういうことが行われればいいのかという、そういう御質問だったと理解いたしましてお答えさせていただきたいんですが、ちょっと話が唐突にずれるようにお聞きになるかもしれませんが、私は、そもそも日本におきましては戦後、国家という概念、国家というものに対する国民の受けとめ方、全体としての受けとめ方が非常にあいまいになってしまったという問題があると思うんです。 一方では古い国家観にしがみつく層があるわけですけれども、他方におきまして、多くの国民におきましては、軍国主義日本によって痛い目に遭わされたと。もう国家なんというのはこりごりだ、国家なんてもう古くさい、あるいは国家は薄汚い存在だと、そういうような考え方。要するに、国家から逃避する、そういう傾向が非常に僕は広がっていたと思うんです。そういうところがやっぱり国家離れという一種の現象を起こしていると。 国家離れという現象を起こした結果としてどうなるかというと、国家を越えた国際社会、そしてその国際社会を代表する国連というものを非常に美化して、あるいはそれを理想化して受けとめる。国連中心主義外交という言葉に代表されますように、要するに国際社会と一緒に行けば何事もうまくいくんだという全く根拠のない考え方にジャンプしてたどり着いてしまうという問題があったと思うんです。 したがって、そういう背景を踏まえて申し上げますと、やはり私は、戦後の日本において健全な国家観というものが育っていないということ、今日の時代において国家というものはどういうものであるべきかとか、国家というものはどういう役割を担うものか、国家と国民との関係はどういうものであるのか、あるいは国家と国際社会はどうかかわるべきか、そういうような根本問題が日本においては戦後ほとんど議論されてきておりません。私は、その点がやはり非常に、逆に言うとそこをバイパスしてしまって国際社会、国連を理想化してしまったということが、安保理が完全無欠ではない、安保理も含めて国連が完全無欠ではないという国民的イメージを生んだのだろうと思うんです。 先ほど広中理事から出されましたように、国連を輝ける星として受け入れた、しかし硬直する傾向があるというふうにおっしゃいましたけれども、私もまことに同感でありまして、現実の国際社会というのは、日本というこの社会と比べてもはるかに幼稚な、未発達な未熟な社会であるんです。要するに、日本という国家であれば少なくとも中央政府があり、立法、司法、行政の三権があると。そういうことによってがっちりとしたシステムが成り立っている。しかし、国際社会にはそういうものはありません、原則として。現実にありません。それで、その中で唯一国連が、これは明石康さんが新書の中で書かれた言葉ですけれども、国連総会は人類の議会であるというふうに形容されたんですけれども、そういうものとしては唯一の存在なんですね。 したがいまして、私は、確かに国連及び国際社会というのは完全無欠ではないということを私たちは十分承知する、それが大前提であって、その中で、しかし国連以外に人類を代表する普遍的な機構はないんだということも踏まえるべきであろうと。したがって、その人類の議会である国連を、あるべき国連をいかにして人類の議会であるように育て上げていくかということが私たちの課題であるというふうに思います。 松委員の御質問からちょっと離れたようでございますけれども、そういうことをトータルに考えていくことによって初めて、私たちの国連観、国際社会観というものも成熟してくるんだろうと思います。
○参考人(原田勝広君) PKOの問題についてお答えします。 国連は、国連軍ができなかったということで、しかし紛争は実際に起きる、何とかならないかという一つの知恵として出てきたものがPKOでございまして、したがって国連憲章には何の規定もないんです。ですから、ブトロス・ガリ事務総長が日本に来たときに、常任理事国になっても日本がPKOに参加するというのは義務ではありませんというふうにおっしゃったんですけれども、全くそのとおりです。義務ではありません。義務でないという規定もないんです。要するにファジーでありまして、その時々の状況によって参加が決まってくる。 実態はどうかと申しますと、アメリカはもちろん、ソマリアでUNOSOMUというPKOと歩調を合わせて動いて、そこで多数の死傷者が出たということで、以来参加しておりませんし、イギリスとフランスは比較的参加している。しかし、ロシア、中国は非常に消極的であるということで、一般的に常任になったからといって参加していない、各国とも参加していないのが実情なんですね。じゃ、どこが参加しているかと言うと、途上国、それからカナダ、北欧、こういう国々が参加して、国連軍がない中で、一つの国連のオペレーションとしてユニークな存在感を示しているわけです。 私が感じますのは、日本としてPKOに参加する義務はないんですけれども、こういうのができない、できないという話ばかりしないで、日本はこういうものをするんだという明確なポリシーといいますか、そういうのを打ち出したらどうかなというのを申し上げたいと思っておりまして、それはつまり、平和三原則にのっとって自衛のための必要最小限の武器は持つと。さらに、ブラヒミ・リポートにありますように、戦後の平和構築活動、PBOの中で積極的に選挙を行うとか、政府ができるまでの行政のお手伝いをするとか、そういう日本人に割とわかりやすいと申しますか、受け入れやすい形で積極的に参加するというものを、積極的に世界にこういう形もありますよということを提示していくというのが非常にいいのではないかというふうに考えます。
○松あきら君 ありがとうございました。
○入澤肇君 発言の機会を与えていただきましてありがとうございます。 参考人の皆さん、大変きょうはありがとうございます。 幾つか御質問したいと思いますけれども、コソボの問題等々、新しい国際秩序をつくるためのきっかけになるんじゃないかと私は思っているんですけれども、国際連盟のやっぱり失敗の轍を踏まないために今の安全保障理事会のいろんな仕組みもあるわけですね。拒否権の問題もある。もし安全保障理事会を含めて国連の改革をするためには、国際的な秩序の確保について実効性のある、やっぱり担保的な手段が用意されなくちゃいけない。 それは今の国連に与えられたいろいろな権限では不十分なのかどうかということにつきまして、現場感覚のある波多野元大使にお聞きしたいと思います。要するに、今の国連に与えられた権限では多国籍軍の派遣みたいな、そういうちょっと国連の枠組みから外れた行動まで起こさざるを得ない。何が不十分なのかということについての、これは感覚的な御答弁でも結構ですから、お聞かせ願いたい。 二つ目は、先ほどから浅井参考人は小国の民主化ということを連発されましたけれども、私はその意味はよくわかりません。民主化と言うからには、小国の主張の中で普遍性のあるものでなくちゃいけないし、その普遍性というのは歴史的な妥当性を持つものでなくちゃいかぬと思うんですね。そういうことの基準を何に求めているのかということについて私はお聞きしたいんです。 私は、少なくとも、コソボの問題も国際紛争の問題、宗教、人種等々にかかわる問題について国際社会でもう少し研究がなされていいんじゃないかというふうに思っているんです。それはアメリカ軍が日本に進駐する前に、不十分ではありますけれども「菊と刀」という文化人類学的な研究成果を出しましたね。私は、これは今日の社会において、世界で専門家を動員しまして具体的な行動を起こす前に研究が行われてしかるべきじゃないかなと思っているんです。 このことを思いついたのは、実は私がスーパー三〇一で日米交渉をやっていましたときに、ちょうど日米構造協議というのが並行して行われました。日米構造協議で慌てて何百項目とあるものを日本に押しつけてきて日本の実情もわからないままやるというのはおかしいんじゃないか、むしろ日本の歴史、伝統、経済、社会の実態について新しい視点からアメリカ側も研究し、また日本もアメリカの特有の人権問題も含めて多角的に研究する、そういうふうな専門家を総動員した研究成果があって、その上で私は具体的に日米構造協議のテーマが決められてやるべきじゃないかということをヒルズさんだとかリン・ウイリアムズさんですか、に言ったことがあるんですけれども、今でもその気持ちが変わりません。 要するに、いろんな国際紛争があるたびごとに、大国のエゴというのは、その小国あるいは対象国の実態について十分な研究がなされないまま、調査がなされないまま、あるいは非常に表面的な分析のまま行われていることに原因があるんじゃないかなというふうな感じもしますので、その民主化ということの中身を掘り下げてひとつお聞きしたいというふうに思います。 以上です。
○参考人(波多野敬雄君) 国連は、平和維持のための手段として最初に経済制裁、それから続いて必要とあれば軍事制裁、拘束力を持つ軍事制裁をできるように憲章上なっているわけでございますね。ですから、やろうと思えばできるんだと思います。もちろん、その前提となるのが拒否権を持つ五大国の一致という点でございますけれども。 コソボの点を別にすれば、従来は中国もロシアもアメリカとの外交関係を極めて大切にして、中国の国連外交というのは、国連を通じてアメリカとどれだけ仲よくしアメリカにどれだけ恩を売るかというのが中国の一時の外交姿勢だったと思います。とすると、中国もアメリカの言い分に相当妥協して第七章の行使を妨げなかったということで、やろうと思えばできるようなシステムにはもうなっているんだと思いますけれども、現実にこれが恣意的にやられることがあるか、またはアメリカの好きなときに発動されることがあってアメリカの意のままにこれが動かされるのではないだろうかというような問題が確かにあるわけでございます。あるわけでございますけれども、若干距離を置いて眺めますと、世界はもうそういうものなんですね。何も国連がそうであるだけじゃなくて、IMFもそうだし世銀もそうだしWTOまでそうなりかけているというようなことで、やはり国の力というものが現実の問題として受け入れられざるを得ないというようなことになっているのだと思います。
○参考人(波多野敬雄君) 常任理事国になるとならずとにかかわらず、日本はみずからの国の利益のためにアメリカとの関係を保っているんだと思います。アメリカとの関係が一見追従のように見えるとすれば、それは日本の利益を追求するためにそういう道をとることがあるということではないだろうかと思います。 私、安全保障理事会におりまして、随分アメリカとは意見が違って、さっきの経費の問題なんかでも、サラエボが包囲されたときにアメリカはすぐに武力を使ってサラエボを解放しろと言ったときに、日本はちょっと待ってください、お金は幾らかかるんですかという話をしたこともありますし、オルブライト大使とは随分意見が違ったことがあります。 日本は必ずしもすべて追従しているのではない。しかし、日本の利益を考えた場合にアメリカと同一歩調をとることが多いように見えるかもしれない。しかし、それはあくまで日本の利益のためであるということだと思います。 コソボについては、私は先生の言われるようなことではないだろうかと思います。これは、人道問題、人権問題というものをどういうふうに見るかということでございますね。赤信号の向こうである人が途端にばたっと倒れた。そうしたら、赤信号を押し渡ってその人を助けに行くのがそれが人間としてある道であると。赤信号だから渡らないで青信号になるまで待っているというのが果たしてそれが人間の道なんだろうかと。国際法がもしも人道目的で破られなければならないときには破らざるを得ないなということにこれからだんだんとなっていくのではないだろうかと私は思っております。
○木俣佳丈君 民主党の木俣でございます。 波多野先生と原田先生、お二人に御質問をしたいと思うんですが、今私はエネルギーの問題を外交と絡めながらいろいろ仕事をさせていただいておるわけなんでございますが、先般、シャロンがイスラエル首相になられました。そのときに、私が一つ危惧するのが、好戦派の方でありますし、アラブとの戦いというのがまた再燃する可能性があるのではないかと。 九一年一月十七日から湾岸戦争が始まったんですが、その前、大体十年ごとに地域で紛争が起きているということ。そしてまた、アメリカを見ても、湾岸戦争チームというか、そういう方々が政権の中に入ったと。同時に、今オイルの値段、別の角度から見ますと、オイルの値段が大体三十ドルで、いっときの三倍になっていると。しかしながら、アメリカが増産を要求しているけれども、なかなか産油国の思いも含めて、そしてまたメジャーの思いも含めると下げたくないということで、実は利害が相当一致しながら、軍産複合体としても戦争をそろそろ起こしたらどうだろうかというような感じがあるんではないかと。大義としては、やっぱりアラブの民主化というのをアメリカがどうしてもさせたいというようなことが大義になるんではないかと思うんですが、いずれにしても、二十六年前にサミットが始まったランブイエにしましても、結局はオイルショックの後で先進国がどうやって固まるかという、やはりエネルギーというのをちょっと日本人というのは軽視し過ぎているんじゃないかというふうに思うんです。 それで、私が言いたいことは、戦闘が始まったときに、十年前の湾岸戦争を顧みますと、日本は、この中にもありますが、PKOというか、その前の段階ですね、要するに多国籍軍の中に入ることを拒んだと。もちろん機雷掃海とかそういうことで大活躍をしたわけでございますが、やはりそういったものに対して金は出すけれども血は流さないんだよという、こういう批判が日本の国内では特に蔓延していて、海外でも言う方もあるというふうに聞いておるんです。 さてそこで、日本としては、仮にシナリオとして、また中東でこういった戦闘が行われて、多国籍軍ということではなく国連軍というようなものが組織されて出ていった場合に、どのように対応するのが望ましいとお考えでしょうか。お二人に伺いたい、波多野先生と原田先生と。
○参考人(原田勝広君) 国連から、多国籍軍ではなくて国連軍というお話でしたけれども、現在の想定では国連軍というのは存在しませんので、多分多国籍軍、その後PKOという流れになるのではないかというふうに考えられます。 今お話を伺っておりまして感じましたのは、前回の多国籍軍派遣のときに日本はお金しか出さなかった、非常に世界のひんしゅくを買ったわけですけれども、私は、あれだけのお金を出してなぜそんなに非難されるのかなという、少なくとも大きく感謝されなくても非難されるほどではないというふうに思っておりましたけれども、最近、中山元外務大臣か何かがおっしゃっているのをちょっと読んだんですけれども、まず人を出すのを断ったと、その後にお金ということで、その非難を最終的に浴びたということを読みまして自分なりに納得したわけですけれども。つまり、日本は人を出さないというそのところが、内外での受け取り方が非常に落差があったのではないかという印象を持っております。 それから、もう一点指摘したいのは、日本は湾岸戦争のとき及び北朝鮮の核問題のときに安保理にいなかったんですね。日本が安保理にいられるのは非常任理事国として二年間当選したときだけそこに存在することができるわけですけれども、たしか湾岸戦争の場合は波多野元大使が大変御苦労されたんじゃないかと思いますけれども、私が北朝鮮の取材のときにたまたまニューヨーク駐在だったので覚えておるんですけれども、韓国も非常任理事国にいなかったんですね。ということは、自分の国の非常に国益が絡む死活的問題であるにもかかわらず全く情報がない。そのことを五常任理事国及び十の非常任理事国が論議しているわけですね。自分が発言できないだけではなくて情報がとれない。小和田大使及び韓国の大使はどうされたかというと、アメリカの代表部に行ってそこで情報をとる、こういうことになるわけですね。我々は、日本人記者団としましてはこれは何なんだと。要するに、我々、死活的問題に何も発言できず情報もないということは、国連と日本の関係をやはり根本的に考えざるを得ないのではないかと。 私が常任理事国になるべきであると言うことは、つまり常にそこの安保理の決定に参画し、情報も得られるということのメリットが非常に大きいという観点から賛成をしているわけです。 以上です。
○参考人(波多野敬雄君) 中東で紛争が起こったときにエネルギー問題にどのように影響するかというのがまず日本として判断しなければならない点だと思いますけれども、例えばイラクがクウェートに侵入したような事態が起こったとしたらばこれに全面的に支持を与える、日本としてできることというのは、再び大量のお金は出すけれども危ないことはしないという参画の仕方しかないんだと思います。日本というのは残念ながらそういう国になってしまっているということなのだと思います。これは時間をかけて日本のあり方をまず教育、それからメディアの方の協力等を仰ぎながらだんだんと変えていくということなのだと思います。 多分シャロン首相が就任して起こるであろう事態というのは、パレスチナとの間で紛争が解決しないまま先送りになるということだと思いますけれども、これは直接的にはエネルギーに関係しない問題であろうと思います。そして、アメリカもこの問題についてはPKOなどということは言わない。結局パレスチナ側も、今のところPKOの派遣というのは望まないで、アメリカの強い影響力に期待してシャロンの軟化を促すという政策に出るのだと思います。国連としては残念ながらパレスチナの問題で介入する余地はない、パレスチナの問題を解決できるのはアメリカだけということではないだろうかと思っております。
○山内俊夫君 私は、初めて本国会から調査会に参加をさせていただいて、ひょっとすれば一年前、二年前の議論の中に出た問題があるかもわかりません。その点は御容赦を願えたらと思うんです。 私、今回は三人の参考人の御意見をちょうだいいたしまして大変よくわかってきたんですが、私は今回基本的に常任理事国入りは賛成という立場で質問させていただきます。なぜかといいますと、私は、外交の最高の場であると、日本としては、そういった意味で国連というものを意識いたしておりますので、そういった発言で質問をさせていただきたいと思います。 ただ、やみくもに常任国入りが賛成だと言うわけではございません。先ほど三人の参考意見を聞いておりましたら、五十五年たってきて国連も非常に矛盾を呈してきているというようなことも随所に見られます。そういったところで、私は今度の常任国入り時に対して明確に日本国としてのメッセージを発してから入るべきだろうと思っております。 そこで、まず原田参考人にお尋ねしたいのは、先生は二〇〇五年、国連六十周年記念ということを一つの基準にして常任国入りを目指そうということをおっしゃっておられますから、この場合、政府も一生懸命そのあたりを模索して今プログラムを組んでいると思いますが、具体的な戦略があればぜひお知らせしていただきたいと思います。 もう一つは、具体的な戦略にも、先生おっしゃっております侵略戦争を行わない日本国憲法というのは、大変アジアの人たちに対して安心感を与えておるのも事実であります。そういった日本が行うべきものは、今後NGOというようなスタンスをもっともっとアピールしていく、また国連の常任理事国、非常任理事国のいろんな会議の中でこのNGO問題をもっとアピールしていくというようなことも私は必要だろうと思うんですが、そのあたりもお聞かせいただけたらと思います。 そして、浅井参考人にちょっとお尋ねしたいのは、先生はこのレポートの中で、第三十九条、安全保障理事会の任務というところで、四十一条、四十二条条項で果たしてこの事態に対応できるのかどうかというようなことも提案されております。こういったところをもう少し掘り下げてお聞かせいただけたらと思うんです。 そして、望まれてなるものではないと言っておられるのが私は非常に気になるんですね。これだけ世界がグローバル化、経済も社会も地球全体で物事が動いております。そういったときに、私は当然積極的に行動すべきだろうと。余りにも受け身じゃ日本としての顔が見えないじゃないかと。今まででさえ見えなかったんですから、ますます埋没してしまうというような心配をいたしておりますので、その点。 そして、波多野理事長には、安保理改革ということを随分おっしゃっておられますが、私は安保理改革に対して、やはりこの常任理事国の中で大国ということに対して途上国は非常に危惧をいたしております。特にアジア諸国も、ベトナムもそうです、ファン・バン・カイも言っておりますけれども、ベトナムは米中ロに対して非常に警戒心を持っております。台湾は当然中ロに危惧を抱いておる。インドネシアあたりはやはり同じく中、米、このあたりに非常に危惧を抱く。その中に日本は入っていないんですね。やはり日本はアジアの一員だということは随分根底では理解していただいておるように私は思っております。 ですから、そういったもので、やはり日本が大国に対してある程度メッセージを発揮するには当然常任理事国に入っていくべきだという立場からお話ししておるんですが、そのあたり波多野理事長さんにもお聞かせいただきたい。 そして、もう一点。これは各人にお願いしたいんですが、当調査会は国連改革、とりわけ安保理改革について集中的にこういった議論をしております。これはもう三年前から始めておりますが、この議論に対して波多野理事長はどのような期待を持っておられるか。また、こうした議論が我が国の国連外交全般に果たす役割についてもコメントいただけたらと思います。 大変いろんなことを言いましたが、最後に、三人にぜひ今回私がお聞かせいただけたらと思っておりますのは、実は旧敵国条項の問題です。これはお三方に、それぞれ簡単で結構でございますが、感想を述べていただきたいんです。 九五年の第五十回総会でこの旧敵国条項というのは削除ということが採択されておりますが、この憲章改正の着手がいまだになされていないという現実があるわけなんですね。特に、この敵国条項というものは、当然その当時国連に加盟していなかった七カ国に対する敵国条項ということなんですが、今ほど国連加盟国の結集が、また国連が期待をされている部分もあろうかと思うんですが、特にこの敵国条項の削除について、それぞれ三名に明確な参考意見をいただけたらと。 以上です。
○参考人(原田勝広君) 先生御質問の第一点は二〇〇五年の問題。第二点は、失礼ですがもう一度お願いできますか。
○山内俊夫君 NGOの果たす役割と今の敵国条項について。
○参考人(原田勝広君) NGOですか。わかりました。 二〇〇五年につきましては、特に政府の動きというのは承知しておりません。政府は、現在これまで努力されてきたのは、一点は常任と非常任双方を拡大するということの合意を求めてきました。といいますのは、いわゆるコーヒー・グループは、自分が入れないので非常任だけでいいのではないかというのを三十数カ国、かなり大きな勢力で主張してきましたので、ここを何とか突破したいと。 第二点は、議席数の問題がありまして、アメリカが二十から二十一までしか認めない、それでないと効率性を損なうということで、大勢は二十四ですので何とかここを突破したいということで、私の取材では、これまでは先進国を中心に、米英仏独を中心に進めてきたのを、もう少しオープンにして途上国の意見等を入れてそちらの方向に持ってくるということを努力されて、それがほぼ成功をしたということで、当然その節目の年を考えていらっしゃると思うんですけれども、それは確認しておりません。 私の経験で言いますと、五十周年の九五年というタイミングを逃したので非常にモメンタムが下がってしまって、その後の改革の機運が非常になくなってしまったということを考えましても、やはり六十周年の二〇〇五年をターゲットに取り組むべきではないかと私も思いますし、政府も当然そういうふうにお考えになっているのではないかというふうに想像いたします。 次に、NGOです。 NGOは、世界において第三のセクターとして非常に注目されております。欧米は非常に政策的に政府がODA予算を流して、アメリカの場合は七〇年ころですけれども、意欲的に育ててきたんですね。それで、数は多くありません。一般的に数は多いんですけれども、大きなところ、ちゃんとした仕事ができる能力を備えているところというのは数えると七、八個という程度なんですけれども、これが非常に能力が高いんですね。 片や日本の場合は、主にカンボジア難民が流出した七九年、八〇年ころにいろんなNGOができたんですけれども、どうしても当時の反戦運動とかそういうことを反映しまして、どちらかというと反政府的、反企業的、全部がそうではありませんけれども、そういうNGOが多くて、具体的にオペレーションをやっているところ、難民援助というのはもちろん開発の問題、たくさんあるんですけれども非常に弱い。政府もそういう意味では偏見といいますか、偏っているということに対して余り快く思っていない面もあったのでしょうか、支援はほとんどしなかったわけですね。 ところが、日本では、神戸大地震以降、対外的にはコソボで幾つかのNGOが難民支援等のオペレーションを経験した。これを機会に政府とも企業とも協力できる部分は一緒にやっていこうではないかという機運が急速に盛り上がりまして、先ほど申し上げました難民支援スキームのジャパン・プラットフォームというのはそういうものを背景にできてきたわけです。 外務省予算が来年度からはつきますけれども、まだまだ意欲的に育てるという姿勢が国側にないとなかなか難しいと。もちろん、NGOの独自性というものを守らない、政府の仕事をNGOが下請的にやってしまうということになると非常に問題になるんですけれども、独自性を保ちながらいかに育てるか。つまり、それは財政的な援助と人的な資源なんです。 それで、若い人の中には、やりたいという人は、希望者はたくさんいるんですね。ところが、今どうでしょう、平均年収、まあ独身の方、女性の方が多いんですけれども、三百万円とか四百万円とかその程度なんですね。ですから、結婚して家族を持っている方が例えば会社をやめてそちらに飛び込むかというと、なかなかこれは勇気が要りまして難しいわけです。 そのジャパン・プラットフォームの場合は、事務局長を公募したところ百人以上の応募がありまして、最終的には日本航空、JALの課長さんだった人が事務局長になったわけです。彼もそういうNGOの活動に関心があったので飛び込んできて、これは会社をやめなくちゃいけないか休職かと非常に悩んだんですけれども、幸いJALはそういう社会貢献に関心がありまして出向という形になったんですね。ですから、その給料、低いんですけれども、その差額はJALの方で負担すると。それで、今度は局次長です。富士ゼロックス、これもすごく社会貢献に関心のある企業ですが、富士ゼロックスが局次長を、これは女性ですけれども、たしか三月から派遣するということで、日本の重要な各アクターがそういうのが大事であるということを意識されて参加されてきていると。あとはやはり政治の後押しかなという感じがありますので、ぜひこちらにいらっしゃる方は御理解いただいて応援していただきたいと思います。 それから、旧敵国条項は、先生おっしゃいましたように、明確に国連の意思としては、もう削除すべきであるという認識は一致していると思います。ただ、手続は、これを始めるとなかなか大変でいろんな問題が出てきてしまうということで、想像ですけれども、なかなか手がつけられないという状態ではないかというふうに思います。 以上です。 ○山内俊夫君 ありがとうございました。
○参考人(浅井基文君) 安保理の任務としてその第三十九条で時代に対応ができるのかという問題でございますが、この第三十九条を含めたいわゆる国連憲章の第七章、これが国連安全保障理事会の軍事的機能について定めた箇所でございますが、これは、この第七章の規定の内容がどのようにして制定されたのかというやっぱりその歴史的経緯を踏まえる必要があると思うんです。 そのことを述べますと長くなってしまいますので結論だけ申しますと、一九四三年から四五年にかけての米ソ間の意思の一致点を条文化したものであるということでございます。そこにおける考え方は、ルーズベルトとスターリンならば何とか協調してやっていけるだろうと。そういう前提のもとに、米ソが協調するもとで国連軍は可能になるということなんですね。逆に言いますと、その米ソで、アメリカでトルーマン大統領があらわれると、トルーマンとスターリンの間は決定的な不信感が支配しておりましたから、要するに、憲章第七章が全面的に実行される基礎条件がもう欠けてしまったということでございます。 それがまず第一の問題でありまして、それで今、ソ連がみずからこけてなくなったことによって再び大国が協調するという可能性は確かに出てきました。しかし、それは九〇年代前半までのことでございまして、九〇年代後半に入りますと、やはりそのアメリカの安保理の利用の仕方に懸念を持つようになったロシア、中国、さらにはフランスが必ずしも同調しなくなったということによって、国連憲章第七章を全面的に実現する基礎条件はまた再び私は消えうせつつあるというふうに思っております。 それともう一つ重要なことは、この国連憲章には国連軍をつくるということが想定されているわけですけれども、湾岸戦争以来明らかになったことは、アメリカが絶対に、アメリカがその支配下に入らなければいけない国連軍、換言すれば、アメリカの上に立つ国連軍の存在、設立ということについてはもうビートー、拒否権を出しているんですね。したがって、常にアメリカが指揮権を牛耳る形での軍事活動でなければアメリカは参加しないと。あるいは、アメリカが手抜きをしたい場合には、例えば東ティモールにありますようにオーストラリアを動かしてやるというようなことはありますけれども、しかし基本的に考えて、第七章の規定が今の時点、これからのことを考えましても、全面的に実行に移される条件はもう私はなくなったと、もう今後も出てこないだろうというふうに思います。 それは、よほどアメリカが自分の政策を変えて、あるいは立場を変えて、ただ立場を変えるだけではなくて、実はアメリカの場合はアメリカ憲法の規定によりまして非常に厄介なことがあるんですね。 一つだけ例を挙げますと、国連憲章の第四十三条三項というところの規定を見ていただくとわかりますけれども、国連軍への参加というのは各国が自国の憲法上の手続に従って決めるという規定が入っているんです。これは、実はアメリカの主張で入ったんです。それはなぜかというと、要するに、アメリカでは憲法上、軍事的な権限は、戦争権限はアメリカの議会に属しておりますから、行政府が決定したってそれは覆されることがあるということなんです。 したがって、先ほどから話に出ております日本の軍事的貢献ということがたびたび言われますけれども、国連憲章そのものが、実はアメリカの主張によってその国連の軍事機能に参加するかどうかというのは、終局的には、最終的には各国が自国の憲法の手続に従って決めるということがはっきりされているわけです。ですから、日本が憲法九条によって参加しないというのは、もうまさにアメリカの主張によって入った規定に基づいて堂々とやっていいことであって、それが憲法の九条の制約があるのでというように消極的に解釈しなければならない理由は全くないと私は思います。それが一つのポイントでございます。 それから、もう一つ私が考えますのは、先ほど申し上げたことでございますけれども、安保理の任務は、これも国連憲章ができたときの考え方では非常に国際の平和と安全という問題を狭い意味で理解していたはずなんです。それが九〇年代、大国協調体制によって何でもできるという雰囲気ができてしまった。それが九〇年代の前半だったわけです。そのイメージが日本国内ではいまだに続いているんですね。しかし現実には、アメリカのクリントンの第二期政権に入ってからはっきりしていることは、ほかの参考人の方からも説明がありましたけれども、もう国連はせいぜい選択的にしか利用できない、利用しない、軍事機能も含めてですね。ですから、全く手段の一つにすぎないという位置づけに変わっているんです。 したがって、そういう安保理を何か、山内委員のお言葉にちょっと逆らうようなことを申し上げて恐縮なんですけれども、やっぱり日本外交にとって最高の外交の場だと考えるということも、私は実はこの安保理の今後担い得るであろう機能という点から考えても再考の余地が十分にあるんではないかと。 私は、日本外交ということ全体を考えた場合に、アメリカにとって安保理が外交をやる一つの手段であるということと同じように、やはり日本にとっても安保理というのは日本外交全体を考える場合の一つの手段という位置づけ、これが私は冷静な判断であろうというふうに思うわけですね。安保理常任理事国入りだけが他の外交的懸案に先行する最優先課題だというような位置づけというのは、私は国際的な流れからいってもこれからの国連のあり方から考えても本当に再考する必要があるんではないかと。 私は、先ほども申しましたように、国際社会というのはあくまでも国内社会なんかと比べた場合に未熟な社会であって、これからいかにして成熟するかということを私たちがメンバーとして育て上げていく、そういう存在と位置づけるべきだと思っておりますので、そういう観点からいっても、今ある安保理が何か非常にすぐれたものであって、したがってその安保理に入らなければ話は進まないんだという考え方というのは、非常に現実を、きつい言い方ですけれども無視した考え方ではないのかというふうに私は思っております。 ありがとうございます。}
○山内俊夫君 敵国条項。
○参考人(浅井基文君) 敵国条項につきましては、これはごく簡単に申し上げますと、比喩で申し上げますとおわかりいただけるかと思いますが、日米地位協定と同じだと思うんですね。 結局、旧敵国条項を改正しようとすれば、これまでの私どもの陳述でおわかりのように、国連憲章には物すごいたくさん直すべきところがあるんです。そんなことをやり出したら、私は安保理の改革以上に百年河清を待つ話になってしまうと思うんです。それは、日米地位協定の裁判条項を変えろという話になったら途端に、じゃ、その負担金の問題はどうするんだとかいって、その管轄権の問題等々出てきて、もう地位協定、全面的に見直しが要求されるということになってできないということになると思いますね。 ですから、結論的に申せば、今の段階では、国連総会決議で削除はすべきだという決議が行われたということをもって私たちは現実的によしとする態度をとるべきだろうと私は思っております。
○会長(関谷勝嗣君) 最後に波多野参考人でございますが、あと八分でございますので、その間で御答弁をお願いします。
○参考人(波多野敬雄君) 最初に敵国条項のお話でございますけれども、一九九五年の十二月に敵国条項は削除すべしという決議案が通っておりまして、それをもってもうよしとなしている国が旧敵国の日本以外の国全部でございます。日本は、旧敵国条項だけ直したりすると、もうそれで憲章改正はいいやということになっちゃうんじゃないだろうかという気もありまして、今度大規模な憲章改正が必要なんだということを常々言って、その際に付随的に敵国条項も当然のこととして落としますよという態度を意図的にとっているような感じがいたします。 先生が最初に言われました、安保理というのは望まれてなるものではないというのは、まことに私、そう思うのでございますけれども、私が国連を離れるときにイギリスの大使がパーティーをやってくれまして、その送別の辞で、日本は常任理事国というお料理が銀のお皿に乗っけてサーブされるのを待っているらしいけれども、だれもそんなものはサーブしませんよということを言ったんですけれども、日本が常任理事国にならなくて困る国なんというのは世界じゅうないと思います。日本が頼むから、それじゃやってあげようと多くの国が思っているということなのだと思います。したがって、日本が常任理事国に入るためには、みずからキャンペーンして、みずから票を集めなければならないと思っております。 それから、私に対する御質問で、日本が国連に、常任理事国入りするためには国連がこうあるべきだというようなメッセージを出していくべきだということでございますか。 国連の将来の姿として、私、正直に申し上げれば、PKOの話はもう先が見えていて、これをいかにいじくってみてもPKOによって世界の平和を維持するということはできないと。例えば、アメリカなんかはもう国連をバイパスして平和を維持しようということになっているし、NATOもみずからの欧州軍というのをつくろうということになっているし、やはり安保理に頼って世界平和を維持するということはちょっと無理なんではないだろうかと。 やはり日本が将来国連に期待することというのは、人間の安全保障と日本は言っておりますけれども、世界がグローバライゼーションを進めていくときに明の部分と暗の部分があって、いろいろグローバライゼーションの過程において暗い問題が起きてくる、それを片づけていくのが国連の最大の役目であろうと。そしてその場合に、今、原田参考人が言われましたようにNGOの役目ですね、これが将来は決定的に重要になるのではないだろうかと思っております。 ただし、それにもかかわらず、そういうことをNGOの役割を含めて国連を改革するために日本が常任理事国になって強く発言していくということが国連全体の改革、国連全体のあり方に決定的、決定的というんですか、相当程度の影響力を及ぼす、国連に貢献するためには常任理事国になってあげることがいいと。これはブトロス・ガリが日本に来て言った言葉でございますけれども、国連の民主化が必要だ、国連の民主化のために日本が何とかして安全保障理事会に入ってくださいというのを日本でのブトロス・ガリの演説で言っております。 日本もそういう意味で、常任理事国に入ってみずからの立場、南にも北にも足を置いて人間安全保障を論じていて、非核を旨としている日本というユニークな立場を常任理事国として世界に訴えていくということで、それに対する期待が南側からも北側からも強いのだと思っております。
○山内俊夫君 一つだけ。
○会長(関谷勝嗣君) 敵国条項。
○山内俊夫君 いや、敵国条項は最初に言われましたので。 私は、アメリカがこの国連を少し最近おざなりにしている感じがするんで、それだったら東京か沖縄に国連を持ってこいやと、こう言いたいんです。これはもう私の個人的な意見です。
○会長(関谷勝嗣君) まだ質疑を申し出ていただいております先生方が大勢いらっしゃるのでございますが、三人の参考人の方々のこの後の御予定もおありでございますので、きょうはこれで質疑を終わりたいと思います。 一言ごあいさつを申し上げます。 参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで大変有意義な質疑を行うことができました。 参考人のますますの御活躍を祈念いたしまして、本日のお礼とさせていただきます。本当にお三人の方々ありがとうございました。(拍手) 次回は二月二十一日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
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波多野 敬雄 (財)フォーリンプレスセンター理事長、特命全権大使在国際連合日本政府代表部(1990年)、国際赤十字委員会諮問委員、中央環境審議会委員等。
レポート目次
学習院 http://www.univpress.co.jp/gakushuin/index.html
書名ヨミR Kokusaika o kangaeru 著者名 波多野 敬雄‖著 著者ヨミ ハタノ ヨシオ
出版者 時事通信出版局 出版者ヨミ ジジツウシンシュッパンキョク
出版者ヨミR Jijitsushinshuppankyoku 発売者 時事通信社(発売)
出版年 2007.7 一般件名 国際政治
抄録 現在の日本でまず必要なのは世界に対する知識、というより関心であり、日本の教育もこの点を忘れると方向違いの教育となる−。1996年から2007年まで、『世界週報』で著者が担当した「座標」欄の記事と小論を書籍化。
著者紹介 <波多野敬雄>昭和7年生まれ。プリンストン大学卒業。吉田茂元総理秘書官、国際連合特命全権大
使、安全保障理事会議長、学習院女子大学学長等を経て、学習院長。
波多野元国連大使が講演
自己主張できる外交を
波多野氏は「国連と日本の国際化」と題して講演(=写真)。まず世界的な課題として@平和・安全保障、A人権、B開発・援助の3つの問題を提示し、日本のとるべき対応を検討。「以前、カンボジアで殉職した2人の日本人の件でガリ事務総長(当時)に詰め寄った際、『しかしPKOでは千人以上死んでますからねえ』と言われて返答に窮した」体験を語り、「日本人の人命に対する考え方は(他の国と比べて)違いがあり」「そのため、残念なから日本は危ないこと、いやなことはしない国という評価が確立している」と指摘。また開発・援助でも「日本は他国の状況を見て最後に判断し、アメリカよりは少なくてもよいだろう、などと決めるためtoo late, too littleと言われたりする」と、これまでの日本外交に対する苦言を紹介。
そのうえで「従来はこういったコンセンサス重視、あるいは白と黒の中間を取ってグレーで妥協するような姿勢で、敵を作らず発展してきたが、今後は敢えて自己主張することも必要では」と提言、そのためには教育においても明確に自らの意見を持てる人材の育成が肝要として、その点でのOSIPPの発展に期待を示した。http://www.osipp.osaka-u.ac.jp/newsletter/97-00NL/99-10/shinto.html#Anchor709092
国民が自ら「考える世論」を(財)フォーリン・プレスセンター理事長 波多野 敬雄
メディアに煽られる危うさ 世論に従う外交も危険なものに
国際問題への関心低い日本人
グローバライゼーションの世界において、各地域ではまず地域協力が進んでいる。欧州はEU(欧州連合)、東南アジアはASEAN(東南アジア諸国連合)、北米・南米は米州機構が出来上がっている。こうした地域協力から取り残されている国が三つある。ロシア、中国、そして日本である。ロシアと中国は大国であり自分の国をとりまとめるのに手一杯で、地域協力には手が回らない。しかし日本こそ、一国では生きてゆけない国である。この日本が生きてゆく道は、国際協力にのみあると私は思う。となれば、国際問題に対する関心が高くなくてはならないはずなのに、残念ながら、日本において、国際問題への関心は非常に低いのが現実である。
日本で大新聞と言われる朝日・読売など、朝刊は四十ページあるが、国際面はわずか二ページ、それも六面、七面あたりにある。一面に国際問題が載るのは、せいぜい中国、朝鮮半島以外は特に日本に関係深い事件を報じる場合である。パレスチナ、ユーゴ――こうした地域に関するニュースは、世界の有力紙では連日一面をにぎわした。パレスチナ問題などは、現在のイラク問題の真因となっているかもしれないほどの重要な内容である。しかし、パレスチナのニュースが日本の新聞の一面を飾ることはほとんどない。
私が出演しているテレビ番組でも、話題がユーゴやパレスチナへと及ぶと、とたんに視聴率が下がるという。新聞は部数を、そしてテレビは視聴率を常に意識しているから、当然視聴者が関心を持つ内容ばかりを報道することになる。そして国際問題は置いてけぼりになってしまうのだ。国民の関心と国際問題は、いわば「ニワトリと卵」の関係であり、メディアが報道しないから国民が関心を持たない、国民が関心を持たないからメディアが報道しない、という悪循環に陥ってしまっている。
日本の教育に大きな原因
しかし一方で、現在のメディアは、まさに日本の国を支配しているといっても過言ではない。四十年以上前、私が外務省に入った頃は、メディアはニュースを求めて役人を追いかけ、役人は予算や法律を通すために政治家を追いかけ、政治家は宣伝のためにメディアを追いかけるという“三すくみ”のような状態が存在していて、それが案外うまくバランスを取っていたように思う。ところが今は、役人も政治家もメディアを追いかける。夜のテレビ・ニュースでキャスターが悪く言おうものなら、反論や説明をする機会もないまま悪いイメージが決定的になり、是正する手立てもない。まさに「言われたら終わり」の状態である。しかも日本のメディアは外国と違って批判を自らの存在意義と観念しているから、ほめることをしない。役人も政治家も、いかにメディアに批判されないかということばかりに気を使い、「メディア恐怖症」になっている。
なぜそうなってしまっているのか、は日本の最も基本的問題かもしれない。それは、国民が自ら考えることをせず、新聞、テレビをうのみにするところに大きな要因があると思われる。これは、日本の教育によるところが大きい。外国では、教育とは自分で考えさせることであるが、日本の教育は、自分で考えるよりも「覚える」ことが中心であった。「学ぶ」とは「まねぶ」のが語源だと言われるが、こういう国だからこそ、メディアの世論支配も可能だったといえよう。
私が外務省で最初に勤務したのは安全保障課という課で、まず六〇年安保を担当した。当時の世論は安保条約反対が強く、連日のように外務省の周りでデモが行われて、私は「自分の仕事は国のためになっているのだろうか」と思ったこともあった。しかし当時、安保条約交渉を統括して、のちに米国大使になった下田武三氏は、「世論に追随した外交は、歴史を振り返ると、日本では失敗した例が多い。ポーツマス条約をまとめた小村寿太郎は家を焼き討ちにされ、国際連盟を脱退して帰国した松岡洋右は大歓迎を受けた。この安保条約が正しいことは歴史が証明する」と言ったのを憶えている。
国連安保理常任理事国入りについても然り。今までに常任理事国入りのチャンスはあったかもしれない。しかし日本のメディアには慎重論が多かった。常任理事国というのは頼まれてなるものだ、という理論らしいが、英国の国連大使は日本が銀のお皿に乗せて常任理事国が提供されるのを待っている、と苦笑していた。今にして思えば、日本が常任理事国入りしていれば、北朝鮮の問題も、もっと別の解決方法があったのではと思う。
北朝鮮の拉致問題への対応も、世論に動かされすぎの感がある。拉致されていた五人が帰ってきてから、映画館の入場者数が減ったといわれるほど、人々は、帰国した拉致被害者の動静に異常な関心を持つ。それも理解できるが、国際常識からも日本の安全保障にとっても最も重要なのは、北朝鮮の核とミサイルの問題である。外国ではなぜ日本が今になって拉致問題にばかり関心を持つのか、また、なぜメディアがこれほど世論を煽るのか、不思議に思っている。
時間をかけても改善の努力を
このような世論のままで、このような過程で世論が作られるのなら、その世論に従う外交は危険なものにならないかと私は危惧する。購読者数と視聴率にばかり重きを置いたメディアと、またそれに左右される人々が作る世論では、正しい方向性を示せない。国民が自ら「考える世論」ができる時にこそ、それに従う外交も正しいものになるだろう。教育のあり方が変わり、メディアの姿勢が変わるのは、一朝一夕になされることではない。しかし、変える努力の積み重ねによって、時間をかけても日本が変わっていくことを願っている。(談) (2003年1月1日) 世界日報ビューポイント